マイケル・ジャクソンの死因は本当にプロポフォールなのか? 麻酔科医が徹底考察!

こんにちは。あおありです。

2009年に50歳の若さで急逝してしまったマイケル・ジャクソン。死因は「急性プロポフォール中毒」とされていますが、この情報だけではピンとこなくて、モヤモヤする人が多いでしょう。

プロポフォールで死亡するとは、どういうこと?

どうしてプロポフォールを使っていたの?

この記事では、仕事でほぼ毎日プロポフォールを使用しており、自身もプロポフォールを投与された経験がある麻酔科医の筆者が、マイケル・ジャクソンが死亡した経緯と原因について調査し、推測します。

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主な情報源は以下の通りです。

  • 麻酔科医としての知識と経験
  • マイケルの検視報告書
  • マイケルの死をめぐる裁判で得られた関係者の証言

結論から言うと、厳密な死因は分からないものの、以下のように予想しています。

  • マイケルは強い不眠に悩んでおり、麻酔薬のプロポフォールを医師から投与されることがあった
  • プロポフォールとベンゾジアゼピン系薬剤の作用により呼吸が停止したあと、放置された結果、死亡した
  • 人工呼吸をしながら薬剤の効果が切れるまで待つ」だけで後遺症なく回復した可能性が高い

前半は、直接の死因について医学的に考察します。
後半は、「なぜマイケルが重度の不眠になり、プロポフォールを使用することになったのか」「なぜこんなにも早く旅立ってしまったのか」について、主にメンタルの観点から考察します。

この記事は、比較的信頼性の高い情報源や医学的知識にもとづいて記載しています。
しかしマイケルの死については不明な点が多々あるため、推測や個人的な意見も含まれます。
あくまで一個人の解釈として読んでください。

プロポフォールの作用と特徴

プロポフォールは簡単に言うと、脳に作用して、眠くなる薬です。
病気を治す作用はない点で一般的な薬と異なります。
自然な睡眠と違う強い効果を持つため、下記のような用途に限定して使用します。

  • 全身麻酔の手術
  • 局所麻酔の手術や、苦痛の多い検査や処置をする際の鎮静
  • 集中治療室の鎮静(人工呼吸中など、強い苦痛を伴う治療をしている場合は適度な鎮静が必要)

性状は白い液体で、投与方法は「血管内に注射」のみです。飲み薬、貼り薬などは存在しません。
そのため、病院では頻繁に使用される重要な薬ですが、一般の方にはなじみが薄いでしょう。

頻繁に使用される理由

プロポフォールは麻酔、集中医療で特によく使用されます。
私は麻酔科医として7年ほど全身麻酔を行なっており、仕事の日はほぼ毎日プロポフォールを使っています。
プロポフォールと類似した作用をもつ薬はいくつかありますが、以下のような利点が多いので、プロポフォールを選択することが多いです。

  • すぐに効く
  • 投与をやめると即座に体内で代謝され、効果が切れる
  • 効果の強さに個人差が少ない
  • 多幸感がある(実際のところよく分からないが、少なくとも不快感は感じにくい)

上記の特徴がどうして利点になるのか、ピンと来ない人も多いでしょう。
わかりにくい場合は逆の特徴をもつ薬を想像してみてください。

  • 投与後、いくら待っても効かない。
  • ダラダラと体内に残って、何時間も目覚めず、内蔵に負担をかけつづける。
  • 人によって効果の強さがバラバラなので効きすぎたり効かなかったりする。
  • 悪夢や強い不快感を感じさせる

こんな薬は、患者にも医療者にもストレスフルで危険ですね。

100年前はこのような欠点に苦しむことが日常的でしたが、技術の進歩のおかげで、現在は欠点が少なく安全な薬が使えるようになっています。

副作用と注意点

利点が多いプロポフォールですが、欠点や注意点も多くあります。
全ての患者さんに投与できるわけではなく、毎回細心の注意を払わなければいけません。
以下のような副作用に注意が必要です。

  • 血管痛
  • 呼吸停止
  • 心臓の動きを抑制する・血管を広げる
  • (非常にまれ)PRIS,アレルギー

血管痛

プロポフォールが血管内に入ると同時に、血管に軽い痛みを感じる方がいます。
私の経験上、緊張している人に血管痛が出やすい印象です。
一時的に痛いだけで、そのあと困ることはありません。
それでも患者さんにとっては大きなストレスなので、改善されたらいいなと思っています。

呼吸停止

人体には、無意識のうちに適切な呼吸を保つ仕組みが備わっています。血液中の酸素濃度、二酸化炭素濃度などを脳が感知して、適切な範囲内に保っているからです。

通常は、無意識に適切な呼吸が保たれている

自然な睡眠時はこの仕組みが働いており、眠っていても呼吸がとまることはありません。
しかしプロポフォールは、このように呼吸を保つ体の仕組みを弱らせる副作用があります。

全身麻酔を始める目的で使用するときは投与量が多いため、ほぼ100%呼吸が止まります。
しかし、麻酔中は自発呼吸(自然な呼吸)でなく、人工呼吸(機械でコントロールする呼吸)を続けるので、呼吸が止まることは通常大きな問題となりません。

呼吸を止めない程度に、軽く眠らせたい場合は、全身麻酔時より少量を投与します。この場合、患者さんによって効果が足りなかったり、逆に効きすぎて呼吸が止まる危険も十分あります。
そのため、患者がちゃんと息をしているか、常に注意する必要があります。

あおあり
あおあり

全身麻酔ばかりやっている私からすると、

「人工呼吸をしない前提の少量投与」の方がリスク高く感じる。

正直苦手です。

心臓の動きを抑制する・血管を広げる

人間の心臓は常に拍動を繰り返し、体中に血液を送っています。プロポフォールは心臓の動きを弱めたり、血管を広げる作用があります。
そのため、ほぼ全ての患者で血圧が下がります

若くて健康な方だと多少血圧が下がっても問題ありません。
しかし、高齢者や重い病気を持っている場合、危険な領域まで血圧が下がってしまう可能性があります。

その場合は、血圧を上げる薬を併用したり、プロポフォールの投与量を最初から減らす、もしくは別の薬剤を選択するなどの対処をします。

PRIS,アレルギー

PRIS(プロポフォール症候群)アレルギーは、発症すると急激に悪化し、命を落とす可能性があります。
ただし非常にまれで、私は見たことはありませんし、周囲で起きたという話を聞いたこともありません。

PRISの詳しい原因は解明されてませんが、細胞内の薬剤代謝が破綻するといわれています。大量のプロポフォールを長期間使用すると発症する確率が上がります。

子どもに発症しやすいので、子どもに長期投与してはいけません。
2014年、東京の病院でプロポフォールを長期大量投与された2歳男児がPRISで死亡した事件がありました。大きく報道されたので覚えている方もいるでしょう。
これは、定められた使用方法を守らずに投与した結果起きた悲惨な医療事故です。

プロポフォールはアレルギー反応が比較的起こりにくい薬です。しかし、アナフィラキシーショック(命に関わる強いアレルギー反応)が起きた報告例もあります。

実際に投与された感想

私は、鎮静目的(人工呼吸を行わない、少量の持続投与)でプロポフォールを投与された経験が2度あります。当時の体験をまとめると、

  • 血管痛はなかった
  • 多幸感はなく「徹夜明けのような不快な眠気とだるさ」を感じた
  • 知らないうちに普通の睡眠に近い状態になった

このように、一般的に言われている内容と少し違う体験でした。

プロポフォールを睡眠薬として使うのは絶対にNG

当たり前ですが、「不眠症の患者に、睡眠薬としてプロポフォールを使用」するのは絶対にダメです。
そもそも用途外の使用なのでルール違反ですが、普通に考えて危険すぎます

たしかに眠らせる効果は圧倒的でしょう。他の薬を使って眠れなかった方も、絶対に眠れます。

しかし、呼吸と心臓という、生命に不可欠な2つの働きを弱めてしまう点で非常に危険です。
自然な睡眠をとれていないため、覚醒したあとの活動に支障が出て、怪我や事故などが起こりやすいかもしれません。

プロポフォールは一時的な使用であれば、体に残りにくいし臓器への負担も少ないことが分かっています。
しかし日常的に使用すると、これまで明らかになっていない弊害が現れるかもしれません。

プロポフォール依存症は非常にまれ

プロポフォール依存症になるケースは非常にまれです。学会で議論されたり社会問題になったりすることはほとんどありません。
そのため、

  • プロポフォールは依存性が高いのか?
  • 使い続けると、どのような害があるのか?(臓器障害や薬剤耐性の変化などは起きるのか)

このような事項については詳しくわかりません。
しかし、韓国の芸能界などでプロポフォール依存の問題がちらほら出てきていることから、依存症になるリスクもゼロではないようです。

参考サイト 胃カメラ依存になった男のナゾ(日本テレビサイト) 「ベッド多く、工場のよう」、ユ・アインの「プロポフォール」乱用で浮かび上がる韓国医療界の闇

マイケルの場合は「プロポフォールがないと自分は寝られない」精神的に依存していたような印象があります。

プロポフォールは、他の違法薬物よりも乱用が難しい特徴があります。
投与法法が注射薬のみで、患者が直接触れることはありません。また、使用する機会が限定的なので、投与される機会は一生に一度もないか、数回までの方が多いです。

違法に薬を持ち出すことが困難なことに加え、自分で血管内に注射することもほぼ無理です。
10mlほどの大きな注射器、(脂溶性で粘性が強いので)通常より太い針が必要と思われます。(※やったことはありません)

プロポフォールとは対象的に、依存症患者が非常に多く乱用されやすい薬剤の例として「オピオイド系」があります。
マイケルと同年代の有名アーティスト、プリンスが突然亡くなった原因の「フェンタニル」もオピオイド系です。
強い鎮痛作用を持
、注射、貼り薬、飲み薬など多様な服用方法があり、大量に流通しています。
腰痛など、よくある疼痛症状に対して使われることもあり、用途が広いです。

ごく一部の麻酔科医が持ち出して乱用することが麻酔科学会で問題になっています。(もちろんダメ絶対!)
アメリカ人はオピオイド使用量が多く、依存症が深刻な問題になっています。(参考: 米国でオピオイド中毒死者数が急増~コロナ禍でオピオイド危機が再燃

以上、プロポフォールの一般的な特徴について、専門的知識をもとに簡単に紹介しました。
今度は、マイケルはどうして亡くなったのかを詳しく検証していきます。

マイケルが亡くなる直前の詳しい状況

マイケル・ジャクソンの死因について、一般的に知られている内容は以下の通りです。

  • もともと重度の不眠に苦しんでいた
  • 睡眠をとるため、自宅で専属医師からプロポフォールなどの薬剤を繰り返し投与されていた
  • 2009年6月25日、プロポフォールと複数の薬剤を多量に投与されたあと、自宅で心肺停止になった
  • 救急車でロサンゼルスの大きな病院に搬送されたが、回復せず死亡した。
  • 亡くなる直前まで素晴らしいパフォーマンスをしていた

この情報だけではよく分からない、納得できないことが多すぎませんか。

  • どうしてプロポフォールを使ったの?
  • マイケルには持病があったの?
  • プロポフォールは人体に危険な薬なの?
  • 医師の治療は適切だったの?

このような疑問をできるだけ解消するため、マイケルの検死結果や、マイケルの死をめぐる裁判の証言などを参照し、詳しく検討していきます。

亡くなる直前の時間系列

マイケルが亡くなる直前から死亡判定までの状況は以下の通りです。
参考サイト TIMELINE: Michael Jackson’s Final Days

  • 2009年6月
    公演直前の体調不良

    This Is Itというコンサートの公演を間近に控え、ロサンゼルスでリハーサルをしていた。
    マイケルは体調もメンタルも不安定で、リハーサルを休む日が多かった

  • 6月24日
    素晴らしかった最後のリハーサル

    亡くなる直前、久々にスタッフの鳥肌が立つほど素晴らしいパフォーマンスをした

  • 6月24日深夜
    マイケル、不眠のためマーレー医師に電話

    日付が変わっても眠れなかったマイケルは、専属医のマーレー医師を電話で呼び出す。
    ベンゾジアゼピン系の薬剤を処方されたが、眠れず朝を迎え、昼になろうとしていた。マイケルはプロポフォールの投与を要請し続けた。

  • 6月25日
    10:40ごろ
    プロポフォール投与後、急変

    マイケルはついにプロポフォール投与され、眠りにつく。
    その直後、マーレー医師は数分間トイレに行く。
    戻ってきたあと、マイケルは息をしていなかった
    そのあと、胸骨圧迫をしたり、誰かに電話をしたり、助けを呼んだりしたそう(詳細は不明)

  • 12:21
    救急車を要請

    マイケルのボディーガードが911(救急車を要請する電話)をコールする
    (なぜこんなに時間が空いているのだろうか?)

  • 12:27ごろ
    救命救急士がマイケル宅へ到着

    救急隊によると、マイケルは既に亡くなっている兆候があった。
    救急隊員は患者がマイケルジャクソンであることを認識していなかったが、
    マイケル宅に迎う救急車をパパラッチがとらえ、「マイケルの呼吸がとまっている」ことを即座に嗅ぎつけた。

  • 13:13
    病院へ搬送

    UCLAに搬送される
    病院スタッフはあらゆる手を尽くして蘇生を試みた

  • 14:26
    死亡判定

これだけ多くの情報があっても、マイケルの命を救うために一番大事な時間(急変してから救急車を呼ぶまで)に何があったのか、よく分かりません。

マイケルの専属医で、現場にいたマーレー医師は、誰かに電話をかけたり、助けを呼んだりしたようですが、警察の調査結果と彼の弁護士の供述に食い違いがあり、詳細が謎です。

いずれにしろ、マイケルが急変してから救急車が呼ばれるまでに1時間以上の空白があった。
呼吸や心臓が止まると、ほとんどの人間は10分以内に死亡するにもかかわらず、どうしてこんなにも時間が空いているのか?

マーレー医師は「現場の住所がわからなかった」と言い訳をしているようですが、分からなくても他の人を呼んだりして要請できたはず。正直、この対応の遅さは理解不能です。

救命士の証言「すでに亡くなっていたようだ」

マイケルの自宅に駆けつけた救命士の証言は、医学的な観点でとても有力な情報です。
患者がマイケル・ジャクソンであることを知らなかった彼らは、当時の様子について非常に率直な証言をしています。
ベテランのように見受けられる2人の救命士が裁判所で証言している映像が、一部公開されています。

上記の映像と、いくつかのニュース記事のポイントをまとめると以下のようになります。

  • たった今、呼吸が止まった」「現場に医師が居る」という主旨の要請だったので、救命できる見込みがあると予測して現場へ向かった
  • しかし患者の体は冷たく、皮膚は蒼白で、瞳孔は開いており、1時間以上前に死亡している様子であった
  • 見た目から「長い間病気に苦しんできた、末期状態の患者」のような印象を受けた
  • マーレー医師は「たった今、呼吸が止まった」「患者は不眠と脱水を訴えたので、治療していた」と説明した。
  • プロポフォールを投与したことは明かさなかった。
  • 救急隊員は、部屋のなかにリドカイン(局所麻酔薬)のボトルを見つけた。
  • さらに、マーレー医師がそのボトルをかき集めてビニール袋に入れる様子も見た。

参考サイト Jackson-AEG: Paramedic who tried to save pop star takes stand First Witnesses In Lawsuit

彼らの証言から、マイケルはすでに亡くなっていた可能性が高いということ。そして、マーレー医師は保身のみを考えて嘘ばかりついており、彼の言葉は全く信用できないということが読み取れます。

検視結果「死因は急性プロポフォール中毒」

マイケルの死には不審な点が多いため、亡くなってからすぐに検視が行われました。
検視結果は一般公開されています。
参考サイト Michael Jackson’s Autopsy

一般公開された資料の内容は、現場検証(自宅の様子)、体表の所見、レントゲン検査、解剖検査(肉眼所見、顕微鏡所見)、血液中の薬物調査など多岐にわたります。

全身をくまなく調べた結果、死因となるような病気はなく、血中から高濃度のプロポフォールが検出されました。
そのため、「死因は急性プロポフォール中毒」と結論づけられました。

Toxicology studies show a high blood concentration of propofol, as well as the presence of benzodiazepines as listed in the toxicology report. 
The autopsy did not show any trauma or natural disease which would cause death.
The cause of death is acute propofol intoxication. 
A contributory factor in the death is benzodiazepine effect.

薬物調査では、「薬物検査レポート」に記載した通り、血中から高濃度のプロポフォールと、ベンゾジアゼピンが検出された。
検視結果からは、死因となる外傷や、自然に罹患する病気は見られなかった。
死因は急性プロポフォール中毒である。ベンゾジアゼピンの作用も死の一因である。

血液検査から高濃度のプロポフォールが検出された

51ページにわたるレポートを参照すると、マイケルの体のほとんどが「異常なし」もしくは「生命に関わらない軽度な異常」しかありません。

しかし、明らかに異常であったのが血液中の薬物濃度
プロポフォール、リドカイン、ロラゼパム、ミダゾラムなど複数の薬剤が検出されました。

そのなかでもプロポフォールの血中濃度が異様に高かったことから、これが死因と判定されました。

プロポフォールが適切に使用されていなかった根拠

マイケルの検視レポートの中で、麻酔科医のSelma Camesさんがプロポフォールに関して詳細な意見を提供されています。

プロポフォールを投与するときの標準的な対策はされていなかった

現場の状況から、プロポフォールを使用する際に必要な対策が全くされていなかったことが指摘されています。

  • 複数の医療者が必要なのに、医師1人で使用した
  • バイタルサインの計測と記録を行なっていなかった(心電図、血圧計、パルスオキシメーターなどが使用されていなかった)
  • 酸素ボンベは空で、人工呼吸をするためのマスクもつながっていなかった
通常はスタッフが複数いるときに使用する

プロポフォールを使用するときは、患者を詳細に観察し、予想外の事態に備えるためにも複数人の医療者(医師や看護師)が患者の側に必要です。マイケルのケースのように、患者1人と医師1人で使用することはありえません。

また、プロポフォールは呼吸と心臓の働きを抑制するので、心臓の動きや体の酸素濃度などを常に計測し、記録しなければいけません。
もし異常値が出ていれば、体の働きをサポートするような対応が必要です。

例えば、コロナ関連でニュースにもよく取り上げられた、指につける機械「パルスオキシメーター」は、血液の酸素が低下すると計測値が低下していきます。これを使用すると、患者の呼吸が止まったり弱くなった場合、すぐ気づくことができるのです。

マイケルのケースでは、血圧計とパルスオキシメーターが隣の部屋のクローゼットから見つかったことから、使用されていなかったと考えられています。

あおあり
あおあり

どうして物品があるのに使わなかったのか…
理解できない。

プロポフォールの血中濃度について

病院で採取された血液中のプロポフォール濃度は 4.1 μg/ml でした。
この値は、「腹部手術中の全身麻酔に匹敵する」とコメントされています。

The levels of propofol found on toxicology exam are similar to those found during general anesthesia for major surgery (intra-abdominal) with propofol infusions, after a bolus induction.

薬物検査で検出されたプロポフォール濃度は、大手術(腹腔内)のときに、プロポフォールを単回投与後、持続静注で行う全身麻酔の濃度に類似する。

Selma Cames, マイケルジャクソン検死結果より

麻酔科医としていくつか補足したい点は以下の通りです。

  • 「病院で採取された血液」の検査結果であるため、投与された直後の血中プロポフォール濃度はもっと高値であったと考えられる。
  • 4.1μg/ml は全身麻酔中の濃度として、許容範囲内だがやや多い
  • 全身麻酔の手術では、(腹部、胸部といった)手術する部位に関わらず同じような血中濃度を目標にする
全身麻酔に匹敵する濃度とは?

薬剤を精密に持続的に投与する場合、通常「1時間あたり○ml」と設定できる機械を使用します。
例えば、下の画像では注射器に入った薬剤が1時間あたり7.5mlの速度で投与されるように設定されています。

しかし1996年ごろから、さらに適切な麻酔を提供するため、TCI(targeted-contolled infusion)機能を搭載した機械が用いられるようになりました。
患者の体重と目標血中濃度(例えば3μg/ml前後)を設定すると、特殊な計算式から算出された速度で、プロポフォールの血中濃度が設定値を保つように自動的に調整されます。

実際のTCIポンプ 血中濃度が4.0μ/mlに設定されている

あくまで健康な人体のデータをもとに計算された投与方法なので、個々の患者の実測値は設定値と異なります。
患者の脳波などをもとに適切な血中濃度を調整すると大体2.5〜4μg/mlの範囲に落ち着きます。
病院で採取されたマイケルの血中プロポフォール濃度は4.1μg/mlでした。
これが「マイケルには全身麻酔の外科手術に匹敵する量のプロポフォールを投与されていた」と言われる根拠です。

多量に発見された飲み薬について

マイケルの部屋からは、ベンゾジアゼピン系の薬剤(抗不安・睡眠薬として用いられる)を中心として、多種類の飲み薬が発見されました。
このことから「マイケルは大量の薬を飲んでいて、病んでいた。」と報道されることがあります。
しかし、処方された日から逆算すると飲み残しが多く、マイケルは指定通りに服用していなかったと考えられます。

発見された飲み薬は以下の通りです。

ベンゾジアゼピン系
  • クロナゼパム
  • ジアゼパム
  • ロラゼパム
  • テマゼパム 
その他
  • チザニジン(筋緊張緩和剤 痛み止めとして使用?)
  • トラザドン(抗うつ薬)
  • タムスロシン(前立腺肥大治療薬
  • アモキシシリン(抗生剤)
  • アジスロマイシン(抗生剤)
  • エフェドリン、カフェイン、アスピリン(処方薬ではない。ECAスタックというダイエットサプリ?)

これらの薬剤の処方された日、処方された数、用法、残っていた量を一つずつ見ていくと、マイケルはかなり飲み残していたことがわかります。
例えば、クロナゼパムに関する情報は以下のとおりです。

処方日2009年4月18日
処方数30錠
用法寝るとき1錠
残数8錠

5月18日ごろに飲み切るはずの薬が、6月末になっても残っていたということです。

私の印象では、マイケルは似たような作用の薬を何種類も処方してもらっておいて、気が向いた時に適当に飲んでいた気がします。
どの薬をどれだけ処方されたか把握しておらず、放置していた可能性もあります。

もしこれらの残薬を一度に大量服薬していたら危険です。
しかしそのようなオーバードーズ傾向のある方は、複数の医師から同じ薬を大量に処方してもらったり、個人的に薬を入手する傾向が多いです。マイケルの処方記録からは、飲み薬を乱用していた形跡はありません。

むしろ、効果のある治療薬を厳選して、毎日服用していたほうが良かったのではないか?と思ってしまいます。

不眠で悩んでいる人は多数いるため、現在も新しい種類の薬が次々と開発されています。
しかし、マーレー医師は、語尾が「〜ゼパム」で終わる、ベンゾジアゼピン系の薬だけを4種類も処方しました。

ベンゾジアゼピン系の薬剤は、抗不安薬、睡眠薬、抗てんかん薬として用いられ、それぞれ細かい違いはありますが、大まかには同じ作用です。
長年多くの患者さんに用いられている薬ではあるものの、4種類も処方するのはおかしいです
効果がイマイチだったら、異なる種類の薬を組み合わせてしっかり服用したらどうなの?と考えてしまいます。

あおあり
あおあり

そんなことをマイケルに言っても聞いてくれなさそうだけどね。

【予想】 死因は「呼吸が止まった状態で放置された」こと

マイケルの死因は「急性プロポフォール中毒」と言われています。
より具体的には、プロポフォール・ロラゼパム・ミダゾラムの作用で呼吸が止まったにも関わらず放置されたことが死因と考えられます。
私がこのように推測する理由は以下の通りです。

  • 全身麻酔に相当する量のプロポフォールを投与すると、高確率で呼吸が止まる
  • プロポフォール投与直後、マーレー医師はマイケルの元を離れた
  • 異変に気づいたあと、人工呼吸をしたという記載が見当たらない
  • マイケルのように若くて動ける人が、プロポフォール投与直後に心停止することは考えにくい
  • 検死結果から、目立った臓器障害がない
  • 裁判で証言したダニエル・ウォールガランター医師が「心臓でなく、呼吸に目を向けるべきだった」と発言していたことから、私と同じ考えを持っていると予測される(参考記事

マイケルが急変したときの正確な記録が何もないため、実際に何が起こったか断言するのは困難です。
しかし、わかる範囲の情報・医学的知識から推測すると、「呼吸停止が先行した心肺停止」という流れが一番自然です。

呼吸や心臓がとまると短時間で死亡する理由

呼吸や心臓が止まったまま再開しないと、人間は10分以内に亡くなる可能性が高いです。
呼吸や心臓が止まると酸素が細胞に届かず、細胞の機能を維持するためのATPという物質が作れないので、脳が死んでしまうことが原因です。

人間は呼吸によって酸素を血液に取り込み、心臓が動いて血液を送ることで酸素が全身に届きます。
酸素の供給が止まると、真っ先に脳細胞が死んでしまいます。
他の部位はしばらく持ち堪えるのですが、全身の動きを統制している脳がダメになると、回復するのは難しいのです。

プロポフォールで呼吸が止まった後の正しい対処法

プロポフォール投与直後に呼吸が止まったら、バッグバルブマスクという道具で肺に空気を送り込み、人工呼吸をしながら待つだけで回復する可能性が高いです。

プロポフォールは肝臓で代謝され、すみやかに効果が切れるため、特別な治療をせずに待つだけで良いです。
病院では心拍数や血圧を測定しており、これらが下がっている場合は昇圧薬(血圧を上げる薬)を使う場合もあります。

いずれにしろ単純な対応で十分です。
呼吸が止まっているのに胸骨圧迫(心臓マッサージ)だけをしていると、血液中の酸素がどんどん減少していくのでいずれ破綻します。

マイケルの死をめぐる裁判でも、「呼吸が止まっているのに心臓に目を向ける対応は医療者として間違っていた」と別の医師がコメントしています。
参考記事 Michael Jackson’s MD called unqualified to treat him

一般人の方が病院で救命処置をするときは、「救急車を呼ぶ、周りの助けを呼ぶ、AEDが近くにあれば要請する、(できたら)胸骨圧迫」まで行えば十分と考えます。自分で救命処置をするよりも、助けを呼ぶことが大事です。
口対口の人工呼吸を他人にするのはハードルが高いし感染の危険もあり、きちんと肺に空気を送ることが難しいかもしれないので無理してやらなくていいです。

参考サイト 急変対応の基本BLS(一次救命処置)のアルゴリズム

マーレー医師の「あり得ないポイント」6つ

ここまで読まれた方は、マイケルの専属医だったマーレーが相当ヤバい奴だったとお気づきでしょう。

マーレー医師のあり得ないポイントは以下の6つです。

  • プロポフォールを不正に入手し、投与した
  • プロポフォールを投与した患者の心電図、血圧、酸素飽和度などを測定・記録しない
  • プロポフォールを「自宅で」「他のスタッフがいない場面で」使用する
  • 投与直後、一番危険な場面で中座する
  • 異変に気付いても助けを呼ばない
  • 人工呼吸をしない

プロポフォールを1人で投与した直後、一番血中濃度が高くて危険な時間にその場を離れるのは、
パイロットが副操縦士なしで飛行機を操縦し、離陸直後に操作室を離れるようなものです。

麻酔科医の仕事は、しばしばパイロットに例えられる

患者さんが目の前で急変すると誰でもあせってしまい、理想通りのすばやい対応をするのは難しいですが、なんやかんや皆で大騒ぎして必死に進めていくものです。しかしマーレー医師の対応は、そのへんの小学生より酷いです。

ここまで酷いことから考えると、マイケルを故意に殺害した可能性もあるでしょう。
しかし、あまりにも不備が多すぎて殺し屋としてもプロフェッショナリズム(?)に欠けるので、普通にアホだと予測しています。

マーレー医師は医療者としての技能に欠けており、人間としても非常にモラルが低いです。
しかし、マイケルを積極的に傷つけようとする気持ちはなかったのではないでしょうか。
私はマイケルの死の責任がマーレー医師のみに押し付けられた結果に強い違和感を感じます。

ところで、どうしてこんなレベルの低い医師がマイケルの専属医になったのでしょうか?

完全な予想ですが、マイケルが自分の要求を受け入れてくれる医師を探した結果、まともな医師がいなくなり、無能な医師が残った可能性があります。

「プロポフォールは適切に使用すれば比較的安全である」という事実をどこかで知り、
自分に都合よく解釈して「プロポフォールは安全」と思い込んだのかもしれません。

もしそうであれば、マイケル自身にも原因はあると言えます。
しかし、不適切な処方をしたのはあくまで医師であり、投与した後の対応も医師に責任があるため、マイケルの責任ではありません。

急性プロポフォール中毒という診断名は本質的でない

急性プロポフォール中毒という診断名は、死因の本質を表していないと感じます。原因はプロポフォールそのものではなく、間違った医療行為です。
実際は医療上過失による低酸素血症ではないでしょうか。

そもそも医療現場で「プロポフォール中毒」という言葉は見たことも聞いたこともありません。
一般の方が「プロポフォール中毒」と聞くと、一酸化炭素中毒やヒ素中毒のように「プロポフォールの毒性によって体が障害されて死にいたる」というイメージを持つでしょう。

しかし、全身麻酔に使用する量のプロポフォールを投与したら呼吸が止まるのは当たり前
呼吸が止まった人を放置したら死ぬのは当たり前です。プロポフォールの毒性は関係ありません。

「死因となるような病気や外傷はなく、血中から大量のプロポフォールが検出された」ため、判定する立場上、「プロポフォール中毒」と書くしかなかったのでしょう。

マイケルの死が納得できる?元妻の言葉

マイケルが亡くなったあと、世界を代表するアーティストたち、オバマ元大統領など多くの著名人が追悼コメントを送りました。

その中でひときわ凄みがあったコメントは、元妻リサ・マリー・プレスリーの言葉です。
リサは伝説のロック歌手、エルヴィス・プレスリーの娘であり、マイケルと結婚していた期間は1994年から1996年でした。

リサはマイケルが亡くなった翌日、MySpace(当時流行していたSNS)に長文のコメントを投稿しました。
参考記事 Lisa Marie Presley Reflects on Michael Jackson’s Death 

マイケルの体調など医学的なことには一切ふれていません。しかし、マイケルが若くして突然亡くなった理由一番直感的に納得できる言葉だと感じます。

コメントの概要は以下の通りです。
「マイケルジャクソン全記録」という本に和訳が掲載されています。)

  • 結婚していたとき、マイケルは突然「僕はエルヴィスのように死ぬと思う」と、それを確信しているような様子で言った (※エルヴィス・プレスリーは42歳のときに自宅で突然死した)
  • (偽造結婚と批判されていたが)マイケルとリサは本当に愛し合っていた
  • マイケルはとんでもなく大きな力を持っており、それがとても良い方向に働くこともあれば、ひどく悪い方向に働くこともあった
  • マイケルは自己破壊的な行動をしたり、「醜い吸血鬼」や「ヒル」を意図せず常に引き寄せていた
  • リサはマイケルを「救いたかった」が、努力が限界を超えてしまい、離れる決意をした
  • マイケルと離れたあと、悲しみと怒りの感情を経て、無関心でいられるようになった
  • しかし、マイケルの死を目の当たりにして、悲しみと混乱でいっぱいになっている
  • いま、世界中がショックを受けているが、マイケルは自分の運命を誰よりも知っていた

リサのコメントからは、マイケルの早すぎる死はある意味必然的で、彼を愛する人達の努力では阻止できなかったマイケルは常に外部から傷つけられていたと同時に、自分自身を傷つけていた
ということが読み取れました。

マイケルを愛する人が、彼を「救おうとした」努力の形跡は死の直前にも残っています。
This Is It(マイケルが予定していたコンサート)の総合演出を手掛けた長年の友人、ケニー・オルデガはマイケルの危機に気づき、重役たちに警告メールを送り、「最高の医者に見せるべき」と主張しました。
しかし必死の努力もむなしく、マイケルがきちんとした治療を受けることはありませんでした。
参考記事 Concert director brings tearful testimony to Michael Jackson death trial

マイケルの死から長い期間が経ち、新たな情報が明らかになるたびに、私は「リサのコメントが一番正しかったな」と実感する日々を過ごしています。

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結婚していたころのマイケルとリサ

リサ・マリー・プレスリーは2023年1月12日、突然の心臓発作を起こして54歳の若さで亡くなりました。亡くなる数日前、いつもと変わらぬ様子でゴールデングローブ賞授賞式に参加していたにもかかわらず…。父のエルヴィス・プレスリーや元夫のマイケルと、ほとんど同じよう最後でした

無数の吸血鬼やヒルがマイケルにまとわりついていた

マイケルの元妻リサは、彼が意図しないうちに、醜い吸血鬼やヒル磁石のように引きつけてしまうことに悩んでいました。

I became very ill and emotionally/ spiritually exhausted in my quest to save him from certain self-destructive behavior and from the awful vampires and leeches he would always manage to magnetize around him.

マイケルの、とある自己破壊的な行動や、いつも思いがけず周りに引き寄せてしまう醜い吸血鬼やヒルたちから彼を救おうと模索する中で、私はとても病んで、感情的にも精神的にも消耗してしまった

リサ・マリー

この言葉はマイケルがどのように外部から傷つけられていたかを的確に表していると感じます。
堂々と正面からマイケルを攻撃する人は少なく、陰湿にまとわりついて甘い蜜を吸おうとする人が何十年もひしめきあってました。

わかりやすい例として、記事を売ってお金を得るために、マイケルに関する根も葉もない噂を発信し続けたメディア関係者たちが挙げられます。

  • マイケルは女性ホルモンを注射している
  • 酸素カプセルの中で寝ている
  • 黒人であることが嫌だから、肌を漂白している

このようなデマを平気で何十年も流し続けたのです。

また、マイケルがもっとも苦しんだ2度の児童性的虐待疑惑では、告発者の嘘や不正が明らかであるにもかかわらず、マスコミはマイケルが不利になるような偏った報道を続けました。

参考記事① マイケルジャクソンの少年性的虐待疑惑は本当? 簡単に分かりやすく解説
参考記事② They Don’t Care About Usの意味と背景|ブラック・ライブズ・マターで再評価

彼らの目的は、マイケルの富や名声を利用して、簡単に大金を得ることでしょう。

Anything, Anything Anything for money
Would lie for you Would die for you
Even sell my soul to the devil

なんだって、なんだって、金のためならなんだってやる
嘘をつく、命もささげる
悪魔に魂を売りさえする

マイケルジャクソン「Money」歌詞より

私の個人的な考えでは、自分で努力して多くのお金を得たいと考えるのはアリだと思います。

マイケルのケースで問題なのは、彼の尊厳や財産を踏みつけにして、不正に大金を得ようとしていることです。
その結果マイケルに害が及ぶだけでなく、最終的に加害者側も大きな損害を受けることになります。

ジャーナリストであれば、正確で重要な情報を入手し、わかりやすくまとめて視聴者に伝えるのが本来の役割です。きちんとした仕事を積み重ねていくことで、実力も価値も上がっていきます。

ただの作り話を偽って報道していては、ジャーナリストとしての実力が全くつかないうえに、大切な人の信頼を失うリスクもあります。

マイケルにまとわりついた吸血鬼やヒルたちも、結局自分の首を締めており、誰も得をしていないのではないでしょうか。

実際、1993年にマイケルを児童性的虐待疑惑で告発し、大金を得たエヴァン・チャンドラーは最終的に拳銃自殺しています。
彼は映画の脚本家を夢見ており、不正に得た資金を使って夢を実現させたかったようですが、その後1本も書けませんでした。
参考 エヴァンは自宅で孤独に拳銃自殺した

マイケルはこのような人達に屈することなく活動を続けていましたが、彼らの言動に深く傷つき、精神を消耗していたことは否定できません。

自身の完璧主義に苦しめられた

マイケルは、5歳で音楽を始めたときから「完璧なパフォーマンス」を求められる環境にあり、大人になっても自分自身に「100点満点以上の出来栄え」を求め続けました。

(マイケルはどんなときに怒るの?とファンから聞かれて)

僕は完璧を信じている。誰も辿り着いていないように思えるけど、できると信じているんだ。少なくとも99.9%に到達していないと、僕はすごく腹が立つ。

マイケルジャクソン – 1995年 ファンとのチャットイベントで

マイケルのストイックな姿勢が素晴らしい作品を生み出し、成功に貢献したことは事実です。
しかし、常に完璧を求め続けるのは現実的ではなく、自分を苦しめることもあります。

ハードワークが当たり前だった幼少期

マイケルが5歳で兄たちと音楽を始めた時から、すでに趣味としてでなくプロを目指して練習に励んでいました。

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アマチュアバンド経験のある父親ジョーは、マイケルたちの成功に夢を託し、熱心に子供たちを指導。
「家族の成功のため、父親でいることをあきらめた」ジョーは、冷静に厳しくマイケルたちのパフォーマンスを観察し、常に努力するように言い聞かせました。
しかしその指導には行き過ぎた面がありました。

  • 「お父さん」と呼ぶのを禁止され、「ジョセフ」と名前で呼ばされる
  • リハーサル中はベルトを持っていて、子供たちがミスをするとベルトで叩く
  • マイケルは恐怖のあまり、父を見ただけで吐いたり失神することもあった

マイケルはこのような環境で「子供らしく遊びたい、甘えたい気持ち」「父親に愛されたい気持ち」が満たされなかったと同時に、「完璧でなければ死ぬ」という脅迫概念が植え付けられたのでしょう。

彼らの厳しい練習が報われ、マイケルが11歳の時に「モータウン」という大手のレコード会社からメジャーデビューし、すぐに大きな成功をおさめます。

モータウン内部の教育もまた徹底的で、「歌い方一つ一つ、インタビューの答え方、礼儀作法」など細かく指導されたとマイケルの自伝本「MOONWALK」に書かれています。

あおあり
あおあり

歌とダンスが上手なのはもちろん、
好感度が高いアイドルであることも求められたんだね

マイケルは、大人たちから言われた通りにするだけでなく、ジェームス・ブラウンやジャッキー・ウィルソンなどの偉大な先輩たちのパフォーマンスを注意深く観察し、彼らの技を次々と真似していきました。

このように「子供らしいのびのびとした生活」とはかけ離れた環境で、一般的な大人よりも働き詰めだったマイケルたち。
あまりにハードワークだった反面、どんどん売れっ子になっていく成功体験を経て、マイケルには「粘り強く完璧を求め続ける」マインドを培ったのでしょう。

マイケル自身が自分に一番厳しい存在になった

マイケルは大人になったあとも、一流のスタッフたちと常に全力で仕事に取り組みました。そしていつの間にか、マイケル自身が一番自分を厳しく評価する存在となりました。

世界中を周り、何万人ものファンを前にして歌うワールドツアーでは、文字通り身を削って公演にのぞんでいました。

ワールドツアーのエピソード
  • 激しいパフォーマンスをするため1回の公演で体重が2kg減る
  • 公演終了後、映像を見返して反省会。小さい不備も見逃さず、原因と改善方法を考えて指示する。
  • 滞在先のホテルで汗だくになってダンスの練習をしていた目撃情報もある
ひたすらダンスを練習しているマイケルの様子

レコーディングの様子も超ストイックで、一流のプロデューサーですら驚くほどでした。
マイケルがアルバム「デンジャラス」を制作中、彼とレコーディングしたL.A.リードはこのようなエピソードを語りました。

“it was not [record the vocal] once and fix the bad note. No, he sang the song from top to bottom twenty-four times without a bathroom break, without a water break, without a ‘Give me a moment.’ He would sing the song and say, ‘OK, give me another track, I can do it better,’ and he’d do it again.”

歌を1回録音して、悪いところを直すってもんじゃない。
違うんだ。マイケルはトイレにも行かず、水も飲まず、最初から最後まで通して24回歌った。「ちょっと待って」とも言わなかった。
彼は一曲歌ってから、「オッケー、もう一回流して。もっと良くできるから」といって最初から歌ったんだ。

Vogel, Joseph. Man in the Music (p.220). Knopf Doubleday Publishing Group. Kindle 版. 

参考記事 【ハマりすぎ危険】マイケルジャクソンのアルバム「デンジャラス」の魅力4つ

This Is Itのリハーサル中、マイケルは体調を崩しがちだったことが後に明らかになりました。
コンディションが万全でなければ、「コンサートを中止、延期する」「体の負担が少ない公演内容に変更する」「体調に応じてセットリストを変える」など色々な対応方法が考えられます。

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しかし、マイケルの頭には「妥協する」という考えは存在しなかったでしょう。
「世界一のショーを見せて、観客を夢中にさせる」という選択肢しかありません。

それでも、体調不良や不眠に悩まされた。せめて睡眠を取らなければ…そういう状況で無理をした。
その結果「プロポフォールを使って、脳が強制的にシャットダウンするように眠る」という、色んな意味であり得ない方法にこだわったと考えられます。

もちろんまともな医療者はそんなことを聞き入れないし、危険な行動をするマイケルに忠告した人も居ましたが、マイケルは忠告を無視しました。

何十年も心と身体を酷使して、なおも厳しい姿勢を緩めなかったマイケル。相当無理を重ねてきたのではないでしょうか。

精神が肉体を追い抜いていった?

マイケルの最後のリハーサルは、これまでの不調を吹き飛ばすような素晴らしい出来でした。映画「This Is It」でもその日の映像が使用されています。

このあと、昼になるまでどうしても眠れなかった理由は、「公演成功のイメージがやっと掴めた」という達成感と安堵とワクワクで興奮し過ぎていたことかもしれません。

不眠の原因といえば、不安や抑うつなどのネガティブな感情というイメージがあるでしょう。
しかしマイケルは、まさに明日の遠足が楽しみで眠れない少年のようなポジティブな気持ちでこの世を去ったと私は考えています。

また、マイケルは「頭のなかで音楽のアイデアがずっと流れて眠れない」とも話していました。

このような背景をふまえ、マイケルの精神世界に存在する創造性や夢のスケールと、50歳を迎えたリアルな肉体のバランスが取れなくなり、そのまま昇華してしまったのでは…と想像してしまいます。

「人生脚本」に一致する人生を送ったマイケル

人生は自分の書いた脚本に沿って進んでいく?

マイケルの元妻リサが明かした、「彼は自分の運命を知っていた」というエピソードは、カナダの精神科医エリック・バートンが提唱した「人生脚本」という概念を連想させます。

人生脚本とは

幼少期に形成された価値観間違った思い込みをもとに、人生の脚本をつくり、無意識に同じ決断と行動パターンを繰り返している人がいるという考え方です。

「人間関係が破綻する」「お金をだまし取られる」「試験や仕事で失敗する」といった望ましくないことが起こると、
「努力が足りなかった、相手が悪かった、運が悪かった、体調が悪かった、こんなこともある、人生は思い通りにいかない
このように自分に言い聞かせたり、相手をなぐさめたりすることが多いでしょう。

人生脚本はこれと真逆で、「自分自身が決断した結果の人生を送っている」という説です。
「自分は存在してはいけない」「成功してはいけない」という価値観(間違った思い込み)が要因となり、「人間関係の破綻」「学業や仕事など大事な場面での失敗」といったネガティブな行動パターンを、気づかないうちに自分で誘導して繰り返している。つまり、人生は自分の書いた脚本に沿って進んでいる
ということです。

参考サイト 脚本分析(人生脚本)とは|無意識に繰り返される人生のパターン「人生脚本」を見直せば、悩みを根本的に解決できる

マイケルは全ての栄光を手に入れた後も、常に次の目標に向かって精力的に活動していました。プライベートでは3人の子供の良い父親でした。

とくに大きな病気もなく、「穏やかに幸せに年をとっていく」未来も描けたはずです。それなのに、「自分の人生は、若くして突然終わる」と確信していたのはなぜでしょうか。

マイケルは、どれだけ成功して偉大な人物になったとしても「自分は1人の人間ではなく、商品であるという考えから抜け出せなかったのかもしれません。

マイケルの自伝本「MOONWALK」に、それを思わせる子供時代のエピソードが書かれています。

Once a reporter asked a Black Power question and the Motown person told him we didn’t think about that stuff because we were a “commercial product.”

ある日、記者がブラック・パワー(黒人による政治的,文化的運動)についてマイケルたちに質問したところ、モータウンの人間は彼らに対して「この子たちはそれについて考えていない。なぜなら彼らは”商品”だからだ。」と答えた。

Jackson, Michael. Moonwalk (p.88). Crown. Kindle 版. 

所属事務所であるモータウン側は、まだ幼いマイケルたちに政治的なイメージがつくのは好ましくない、ややこしい話題には触れたくないと考えていたのでしょう。
それにしても、マイケルたちを「商品」と言い切るのはショッキングです。

あおあり
あおあり

いまの時代だったらアウトじゃない?

実際、マイケルは常に周囲の人間から品定めされる人生を送っていました。

歌やダンスの出来栄え、レコードの売り上げ、ルックス、発言、仕草など、全てを細かく監視され、評価されてきたのです。

その環境で、「自分は商品である」「愛されねばならない」「売れなければいけない」「ありのままの存在ではいけない」といった価値観が形成されたのではないでしょうか。

これでは、マイケルが1人の人間として幸せを追求することが難しくなってしまいます。
自分を大切にすると、ある時点で「商品としての自分」と不一致が生じてしまう。

「マイケルジャクソン全記録」という本を読むと、彼がとても若いころから何度も体調を崩し、無理に動き続けていたことがわかります。
マイケルを心配して注意する人もたくさんいましたが、彼らの救いの手を拒んで

  • まともに食事しない
  • 明らかに休むべき場面で休まない
  • ちゃんとした治療を受けない

何十年とこのような行動パターンをマイケルは繰り返しました。
これがリサの言及していた「自己破壊的な行動」の一部ではないでしょうか。

The World is in shock but somehow he knew exactly how his fate would be played out some day more than anyone else knew, and he was right.

世界はショックを受けているが、マイケルは自分自身の結末が将来どうなるのか、誰よりも分かっていた。そして彼は正しかった。

リサ・マリー

1人の人間としてでなく、商品として生きることを選択しつづけた結果、「まだ若くて大きな病気もないのに、どこか自分が引き寄せたような形で突然死する」という最後を迎えたのかもしれません。

まとめ:真相は分からない

この記事では「急性プロポフォール中毒」とされているマイケル・ジャクソンの死因を、さまざまな観点から掘り下げました。
まとめると以下の通りです。

  • 医学的には、プロポフォールの作用による呼吸停止が原因と予測される
  • プロポフォールの毒性が原因ではなく、著しく不適切な医療による過失致死
  • 有罪判決を受けた医師だけでなく、多くの人物がマイケルを長年傷つけてきた
  • マイケルが自分自身を破壊する行動を取った一面もある
  • マイケルを救おうとした人も多くいたが、その努力は報われなかった
  • マイケル自身が選択し、決めていた最後なのかもしれない

多くの資料をもとに考えても、目に見える真実は見つけられません。

「偶然」「必然」「他殺」「自殺」「自然死」など一言では説明できず、どれも間違っているようでいて、全て正しいような気がします。

ただ一つ言えるのは、一般的な常識が全く通用せず、今でも世界を翻弄し続けるとてもマイケル・ジャクソンらしい最期だったということ。

  • 一体どうしてこんなにも早く旅立ってしまったのか?
  • マイケルは幸せだったのだろうか?

世界中の人々が、あれこれ想像したり、批評したりしたところで、永遠に分からない。
マイケルは、混乱する人々の様子を天国から見て、「してやったり」とニヤニヤしてるのでは?
私にはその姿が目に浮かびます。

1990年生まれ。マイケルファン歴20年ほど。
もはや彼が脳内に住んでいる。
NHK BSのテレビ番組「熱中夜話 マイケルジャクソンナイト」にファンの1人として出演した経歴あり。
ファンの方も、そうでない方も楽しんでもらえる記事を書きたいです。

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コメント

  1. ノエノア より:

    あおありさん、初めまして。
    とても詳しい解説を麻酔科医という立場から解説して下さり、本当に有難うございます。
    今までに色々な記事を読んでいたので、大体は思っていることが同じで読み進めました。マーレ―がアホ!というのも同じ気持ちです(^-^;そして、大きくうなずいたのが、リサの事。ダイアン・ソーヤ?とのあの意地悪な対談を見て、リサの気持ちいい受け答えを見て、リサの事が大好きになりました。また、マイケルが亡くなった後のコメント。本当にこれほどグッと来たコメントはないです。何度も何度も読み返したの覚えています。

    基本的には、私の気持ちの再確認という感じが多かったのですが、とても印象に残ってハッとさせられたのが、
    『マイケルは、まさに明日の遠足が楽しみで眠れない少年のようなポジティブな気持ちでこの世を去ったと私は考えています。』この言葉でした。正直、考えたことのないストーリーでした。何だか目の前がパッと開けたようなそんな気持ちになりました。また、
    『マイケルの精神世界に存在する創造性や夢のスケールと、50歳を迎えたリアルな肉体のバランスが取れなくなり、そのまま昇華してしまったのでは…』という解釈もとても頷ける気がしました。そして、人生脚本というお話しも興味深かったですが、あの世で「してやったり。」とニヤニヤしているのも、とても想像できます。もしかしたら、本当にそういう謎を残した最後こそがマイケルの望みかもしれないですね。
    最後になりましたが、大変大変読みごたえがあり、マイケルの死に対して一番正当な見方という印象を持ちました。本当に有難うございます。

    • あおあり より:

      ノエノアさん、コメントありがとうございます。
      なかなかファンの間でも話題にしづらい内容ですが、
      同じように考えていた方も何人かいらっしゃることがわかり、少し楽になりました。
      ダイアンさんとのインタビューは一部しか見ていませんが、リサの受け答えってすごく男らしいですよね(笑
      私がファンになって1年後ぐらいに、マイケルの2回目疑惑が持ち上がり、マイケルを少しも助けなかったリサに対して、正直悪い印象をもってました。
      でも、マイケルが亡くなった後のコメントをみて、「本当にマイケルと関わった人だったんだな」と考えが変わりました。

      マイケルは、嘘の噂を流されることを嫌っていましたが、「彼はどんな人間なんだろう?」「どうしてこんなことをしたのだろう?」とあれこれ興味を持たれることは好きだったはずです。
      なので、「う〜ん、どういうこと??分からない…」と、たくさん考えてるとマイケルは喜びそうです(笑

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