【徹底解説】マイケルジャクソンのStranger In Moscow誕生秘話

こんにちは。あおありです。

この記事ではマイケル・ジャクソンの名作バラード「Stranger In Moscow」誕生秘話、この曲でマイケルが表現した感情、楽曲の独創性について紹介・分析します。

Stranger In Moscowは1995年に発表されたマイケルのアルバム「HIStory」に収録されました。

作曲は1993年9月。マイケルがワールドツアーで初めてロシアを訪れた時に経験した「孤独」や「憂うつ」といった感情と、雨が降りつづく当時のモスクワの空気を真空パックしたような作品です。

Stranger In Moscowはこんな曲
  • 1995年発表 アルバム「HIStory」3曲目に収録
  • 透明感のあるシンプルで美しいバラード
  • モスクワ滞在時にマイケルが体験した感情、感覚から生まれた

マイケルのヒット曲に多い、ノリノリでパンチが効いた作風とは対照的で、彼の新たな魅力を発見できます。

この記事の要約
  • モスクワのホテルでマイケルがStranger In Moscowのコンセプト、ブラッド・バクサーが伴奏の骨組みを制作
  • Stranger In Moscowにはマイケルの悲しみ、孤独、憂うつ、非現実感、嘆きが表現されている
  • 「ロシアという特定の舞台」「ビートボックス」「個人の心情と自然(雨)の融合」の3つがStranger In Moscowの個性

Stranger In Moscow作曲の背景

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マイケルは1993年9月デンジャラスワールドツアーで滞在していたモスクワのホテルでStranger In Moscowのインスピレーションを得ました。

Stranger In Moscowは僕がデンジャラスツアーでモスクワにいるときに書いた。
それは僕にとって奇妙で、不気味で、孤独な時間だった。
ホテルの外では、連呼したり、叫んでいるファンの顔が海のように広がっていたのに、部屋の中で自分がモスクワに来た「よそ者」のように感じた。
すごく孤独で、自分がこの惑星にたった一人取り残されたようで。
僕はこう歌う「どんな気持ちか。一人きりで、心の中が冷たくて」そして言うんだ「モスクワに来たよそ者みたいな気持ちさ」これはまさに僕が思っていたこと…

人々は素晴らしくて、今まで出会ったなかでもすごく素敵だったし、コンサートは大成功だった。でもあの日は、あの日は特にいつもと違う気持ちで、Stranger In Moscowという歌が僕のもとにやってきた。そうやって書かれた曲だよ。

Stranger in Moscow was written when I was in Moscow on the Dangerous tour, and it was just a strange, eerie, lonely time for me. Outside my hotel was just a sea of faces of fans, chanting and screaming, but I was inside my room and I felt like a stranger in Moscow, so all alone, like I was the last person on the planet, and in the song I say, “How does it feel when you’re all alone, you’re cold inside?” I say, “It’s like a stranger in Moscow.” That’s pretty much how I felt…and the people were lovely and they were some of the nicest people I’ve ever met and the concert was very successful, but that day, especially that day I just felt this different feeling and the song Stranger in Moscow just came to me and that’s how that was written.

この曲が生まれる直前の1993年8月、デンジャラスツアー・アジア公演に取りかかると同時に、彼の人生を永遠に変えるスキャンダルが勃発します。

友人関係にあった少年がマイケルから性的虐待を受けたと告発し、警察が捜査を開始したニュースが世界中に広がりました。

実情は、少年の父親が入念に計画した作り話。疑惑の根拠は麻酔薬を投与された少年から引き出された証言だけでした。

マイケルはストレート(大人の女性が恋愛対象)なのに、彼がゲイや小児性愛者であるという嘘の情報がテレビや新聞に飛び交い、多くの人がそれを信じました。

この事件でマイケルは警察に追われる立場となり、ポップスターとして重大なイメージダウンを被ります。

当時のマイケルは大きな困難を抱えながら、ワールドツアーを続行しました。

激しい痛みに苦しみ、心身ともに限界で公演をキャンセルする日もありました。

アメリカの自宅が警察に家宅捜査されるなか、タイ、シンガポール、台湾、日本(福岡)の公演を終えて、モスクワに降り立ちます。

モスクワ公演前後の日程
  • 1993年8月17日
    警察捜査開始

    ロサンゼルス警察が児童虐待の告発を受け付け、正式に捜査を開始

  • 8月21日
    マイケル タイ・バンコクに到着
  • 8月24日
    デンジャラスツアー アジア公演スタート

    バンコク公演

  • 8月25日
    脱水症状で公演をキャンセル
  • 8月27日
    バンコク公演(振り替え)
  • 8月29日
    シンガポール公演

    35歳の誕生日を迎える

  • 8月30日
    頭痛のため公演を延期
  • 9月1日
    シンガポール公演(振り替え)

  • 9月4日
    台北市公演
  • 9月6日
    台北市公演

  • 9月10日
    福岡公演
  • 9月11日
    福岡公演
  • 9月12日
    モスクワに到着
  • 9月15日
    モスクワ公演
  • 9月17日
    モスクワを離れる

    イスラエルへ出国

冷たい雨が降るモスクワで、熱狂的なファンの声を聞きながら、ホテルの部屋で感じた孤独、そして奇妙な感覚がStranger In Moscowの源泉になりました。

念願のロシア公演は思いもよらぬ展開に

1993年のモスクワ公演はロシアとマイケル双方にとって「新しい時代」を象徴する出来事でした。

ロシアの近代史を振り返ると、マイケルの活躍した時期と重なって大きな変化が見られます。

ロシアの主な出来事マイケルの人生
1945年
第二次世界大戦終結
戦勝国であるアメリカとソ連は世界の2大勢力に
他国を巻き込んで対立を深め「冷戦」構造となる
1958年
出生
1962年
キューバ危機
全面戦争の危機になるが、米ソ首脳対談により回避
その後は対立しつつも軍事衝突を避ける方向へ
1969年
メジャーデビュー
モータウンレコードからジャクソン5としてデビュー
I Want You Backは現在も愛される代表曲
1989年
冷戦終結
マルタ島でブッシュ大統領とゴルバチョフ書記長が会談
冷戦の終結を確認
1983年
アルバム「スリラー」発表
世界史上最大の売り上げを記録
ソ連では発売禁止
1991年
ソ連解散
ソ連の求心力が急激に弱まり、12月に解散
1991年
アルバム「デンジャラス」発表
1992年
経済の自由化
ロシア連邦の初代大統領に就任したエリツィン
社会主義から一転、経済の自由化を進める
多くの国民はついていけず長期間混乱が続く
1993年
ロシアで初のコンサート

マイケルが生まれた時期、アメリカとソ連(ソビエト連邦)の軍事的緊張はピークに達しており、人々は「いつ核戦争が起こるか分からない」とおびえる日々。

そんな中、成功を収めたマイケルの存在自体が「アメリカ側(西側)」の宣伝になり、ソ連から危険視されます。

ソ連は「労働者が中心全員が平等な社会」を目指す社会主義国家

対してマイケルは「需要と供給」の原則に基づく資本主義社会のなかで成功をおさめ、多額の富と名声を得てキラキラと輝く存在でした。

マイケルがソ連から危険視された理由
  • マイケルは資本主義の国アメリカで、たくさんの「需要(人気)」を得た結果、何千〜何万人分の富を得た
  • マイケルは魅力的な憧れの存在
  • 「平等な社会」をかかげるソ連(東側)にとって、マイケルの存在自体は西側の宣伝になる
  • 国民が民主主義や資本主義を求めるきっかけになるため、危険視された

しかし政治的な事情に関係なく、マイケルの音楽とダンスはソ連の人々を魅了します。

厳しい規制の中でもファンは大勢いました。彼らは海賊版のテープやCDをひそかに貸し借りしてマイケルの作品を楽しんだようです。

マイケル・ジャクソンのファンでいることは全く簡単ではなかった。
E.T.みたいに(隠れて)いなければいけない。

Being a Michael Jackson fan has never been easy. One must be a bit of an ET himself.

IIya Bachurin TV& cinema manager ’93 promoter(23)

マイケルもロシアの文化積極的にリスペクトを示していました。

インタビューでは尊敬する音楽家として、ロシアの作曲家「チャイコフスキー」を何度も挙げています。

僕は小さい子供の頃から、作曲の勉強をしていた。僕に影響を与えたのはチャイコフスキーだった。

マイケル・ジャクソン

「スリラー」や「デンジャラス」を制作するにあたりマイケルが目標にしたのは、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」です。

この有名な作品は、マイケルに「何百年先もあらゆる人種、年齢層に愛される作品を生み出したい」という強烈な情熱を与えました。

1991年、マイケルがデンジャラスを発表した時期に、ロシアとアメリカの関係に大きな転換が訪れます。

  • 冷戦の終結
  • ソ連の解体
  • 経済自由化

を経て政治的な緊張が弱まり、マイケルはデンジャラス・ワールドツアーで旧ソ連の国々を積極的に訪れました。

中でも旧ソ連の国、ルーマニアで開催された「ライブ・イン・ブカレスト」はマイケルを代表するコンサートとして有名です。

Youtube動画 Michael Jackson – Live In Bucharest (The Dangerous Tour)

前作のバッドツアーからさらにスケールアップしたデンジャラスツアーも佳境を迎え、長年待ってくれたロシアのファンにやっと会える直前、突然児童虐待の容疑をかけられたマイケル。

待望のロシア訪問は、想定外の辛い時間になりました。

モスクワのホテルでブラッド・バクサーと作曲

治安が悪かったモスクワ。マイケルが外出するときは厳重に警備が配置され、ほとんどの時間はホテルに缶詰でした。

冷たい雨が降り続けるなか、外にいるファンの叫び声を聞きながら、マイケルは一部の歌詞とメロディーを作り、音楽監督として同行していたブラッド・バクサーを呼びます。

ブラッド・バクサーは、デンジャラス製作時にマイケルと出会い、Heal The WorldやWill You Be Thereなどの楽曲を共作した作曲家・キーボーディストです。

バクサーは作曲の一部始終を鮮明に覚えており、当時のエピソードを何度か明かしています。

朝の10時半ごろ部屋を訪れたバクサーに、マイケルは「何か弾いて」と頼みました。

バクサーが色々と演奏した中でマイケルが気に入ったのは、「E♭→D♭→G♭→A♭」のコード進行。

同時期に音楽制作を請け負っていたセガ社のゲーム「ソニック・ザ・ヘッジホッグ3」のために作られた伴奏でした。

あおあり
あおあり

意味が分からない人が多いと思うので、
今からコードについてざっくりと説明するよ

【音程について

「ドレミファソラシ」といった呼び方が一般的ですが、ここでは「ABCDEFG」と呼びます。

ラから順番にABC…なので、「ド」は「C」です。

ピアノ(もしくはキーボード)の白い鍵盤がABCDEFGの繰り返しであることに対して、黒い鍵盤♭(フラット:半音低い)もしくは♯(シャープ:半音高い)を付けて表します。

例えば、F(ファ)とG(ソ)の間にある黒い鍵盤はG♭もしくはF♯です。

【コードについて】

複数の音を同時に鳴らすと「和音」になります。和音のパターンは無数にあります。

無数にある和音のなかで、ある規則をもった和音は「コード」と呼ばれます。

Stranger In Moscowの伴奏は「メジャーコード」と「メジャーセブンスコード」で構成されます。

【メジャーコード】

メジャーコードは、

  • ルート
  • ルートから黒い鍵盤を含めて4つ右に進んだ音(3度の音)
  • 3度の音から黒い鍵盤を含めて3つ右に進んだ音(5度の音)

からなる3和音です。

一般的には明るく澄んだ印象で、頻繁に用いられます。

ルートの音がコードの名前です。例えば「Cメジャー」「CEG」の3和音です。

単に「A」「C」と呼ばれることが多く、それぞれ「Aメジャー」「Cメジャー」という意味になります。

【メジャーセブンスコード】

メジャーコードの3和音に、5度の音(メジャーコードの一番高い音)から黒い鍵盤を含めて4つ右となりの音(7度の音)を加えた4和音「メジャーセブンスコード」と呼びます。

例えばCメジャーセブンス「CEGB」の4和音で、Cmaj7などと表記されます。

マイケルが気に入った進行「E♭→D♭→G♭→A♭」が、Stranger In MoscowのVerse(I was wandering the rain♩Mask of life feelin’ insane♩の部分)を構成します。
これは、ソニック・ヘッジホッグ3のエンディングクレジットで使用された曲と全く同じ進行です。

E♭→D♭→G♭→A♭を2回繰り返した音声ファイル

マイケルに「他のものを弾いて(Play something else)」と言われたバクサーは、A♭のルート(A♭)と5度の音(E♭)が入ったEmaj7(Eメジャーセブンス)というコードに移行し、さらにEmaj7のEが入ったAメジャーに移行します。

「Emaj7→A」と、そこからから一つ音を下げた「Dmaj7→G」の繰り返しが“How does it feel?”のパートになります。

Emaj7→A→Emaj7→A→Dmaj7→G→Dmaj7→Gの音声ファイル

この「E→A」「D→G」のような進行は「Ⅴ-Ⅰresolution」と言って、「緊張感から落ち着き」を感じさせる王道パターンだそうです。(参考:Music Therory – Dominantドミナント・レゾリューション【No.1 コード進行】

この時点でStranger In Moscowの構成がほぼ決定。
バクサーは、「シンプルでミニマム」なデザインが、大きな心理的効果を生んだと説明しています。

「詩と同じように」バクサーは説明する。
「行が多すぎたり、余計な一節があると、それが全てを台無しにすることもある
ー音楽も同じ。ミニマリズムなんだ。私はそれをスティービー・ワンダーから学んだ。できるだけ大きな心理的効果を持たせるために、使う音をできる限り少なくする。」
“Just like with poetry,” explained Buxer, “if you have too many lines, or one extra stanza, it can ruin the whole thing—music is the same thing. It’s minimalism. I learned that from Stevie Wonder. Use as few notes as possible to find as much psychological information as you can.” 

Joseph Vogel-Man In The Music

バクサーが生み出した「強い心理的な影響を与える」コードに、マイケルがメロディーや歌詞を付け加え、たった1時間半でStranger In Moscowの骨組みが出来上がりました。

この曲は朝の10時半から昼の12時の間に作られた。マイケルはとても落ち込んでいて、幸せではなかったが、この曲を終わらせたとき、彼はとても幸せになった。

that song was written between 10:30 in the morning and 12 noon and he was pretty, depressed right he wasn’t happy and when we got the song done he started getting very happy

7 Songs, 7 Stories: Brad Buxer – In The Studio With MJ

帰国後、敏腕スタッフたちの手により完成

モスクワ公演を無事に終えたマイケル。その後も懸命にツアーを続行しましたが、鎮痛剤依存症などの健康問題が限界に達し、完遂目前だった1993年11月に中断。

翌年(1994年)初頭に裁判を終わらせたマイケルは次作「HIStory」に取り掛かります。

Stranger In Moscowは、アルバム制作当初から多くのスタッフが力を注いだ作品でした。

ニューヨークのスタジオで長年マイケルと仕事をしてきたTOTOのメンバー(スティーブ・ルカサー、スティーブ・ポカロ、デヴィッド・ペイチ)、プロデューサーのブルース・スウェーデンなど敏腕ミュージシャンたちの手が加わり、完成しました。

Stranger In Moscow終盤のロシア語のセリフを話したのは、デヴィッド・ペイチの義理の兄弟(ロシア人)

Stranger In Moscowで表現された5つの感情

「How does it feel?(どんな気持ち?)」と繰り返すマイケル。

多くを語らず、ゆらゆらした歌声で謎めいた言葉を繰り出します。

音楽に織り込まれたマイケルの感情、感覚、思考を深掘りすると、見えてきたのはこの5つ。

Stranger In Moscowで表現された感情
  • 悲しみ(痛み)
  • 孤独
  • 非現実感
  • 憂うつ
  • 嘆き

1つずつ深掘りします。

悲しみ(痛み)

脳内のアルマゲドン

Armageddon of the brain

Stranger In Moscowの歌詞

泣きながら流血しているような歌声から、マイケルの悲しみと痛みが伝わってきます。

93年の告発で、マイケルは心身ともに深いダメージを被りました。

マイケルが受けた被害
  • 体調不良(脱水、頭痛など全身の痛み、鎮痛剤依存)
  • アルバム「デンジャラス」に関するプロジェクトの妨害(ワールドツアー中断、Dangerousのシングルカット、ミュージックビデオ制作の頓挫)
  • 回復不可能なイメージ低下
  • 不確かな情報に基づく連日の誹謗中傷
  • 極度の不安(裁判の判決次第では、普通の生活すら出来なくなるかもしれない)

そもそも、この告発の10年以上前から、マイケルのセクシャリティーに関して、現代の価値観ではありえない低レベルないじめが横行していました。

マイケルが

  • 優しい声をしている
  • 痩せている
  • エレガントな物腰
  • 念入りにメイクしている
  • 自らの恋愛に関して公表しない

というだけで、ゲイとかトランスジェンダーだとか、性転換手術を受けたという根拠のない報道が永遠に続きました。

マイケル本人が「これらの噂は全て嘘である」と声明を出しても効果はなし。

93年の告発後、マイケルへの根拠のない誹謗中傷がさらに悪化。彼が負った心の傷はあまりにも大きいものでした。

孤独

どんな気持ちだろう?
一人ぼっちで、心の中が冷たい

How does it feel?
When you alone and you’re cold inside

Stranger In Moscowの歌詞

Stranger In Moscowでは、マイケルが幼い時からずっと感じてきた「孤独」が強調されます。

祖国アメリカでは犯罪者のような扱いを受け、今は遠く離れた、最近まで敵国だったロシアに一人で居る。

モスクワの冷たくどんよりした天気。大勢のファンが外にいるなか、ホテルに一人きりで過ごす状況で、マイケルの孤独は一層深まります。

マイケルには強力な味方が沢山いました。

それでもマイケルの苦悩を引き受けられる人はどこにもいない。一人で耐え、戦うしかありません。

非現実感

マイケルは苦悩の中にいながら「これは現実?」という奇妙な感覚を持っていたでしょう。

神の寵愛から突然、急速な失墜

Swift and sudden fall from grace

Stranger In Moscowの歌詞

1993年の前半、マイケルはキャリアの絶頂にいました。
スリラーの成功で世界一に登り詰めた後も、10年間キャリアを着々と重ね、一国の王のような地位を築きます。

1993年のマイケルの功績
  • アルバム「デンジャラス」の好セールスが続く
  • ワールドツアーで世界各国を訪問し、収益を慈善事業に活用
  • スーパーボウルハーフタイムショーで伝説のパフォーマンスを披露
  • クリントン大統領の就任祝賀会でパフォーマンス

王座から突然引きずりおろされた現実。

それでもツアーを続けると、これまでと変わらずマイケルを支持する何万人ものファンに出会う。

母国では犯罪者のように扱われているが、数年前まで「敵国」だった場所で歓迎されている。

外には大勢のファンがいるのに、ホテルの中で深い孤独を感じている。

相反する事象が混じり合い、世界中を飛び回りながら、何が現実か分からなくなる時もあったでしょう。

マイケルが感じていた「非現実感」は、ソ連崩壊後の混乱期にいるロシア人たちの心とリンクしたかもしれません。

93年のモスクワは、奇妙で薄暗い場所だった。取引は混乱していて、一日に何度も物価が変わった。

Moscow in 93 was a strange gloomy place. Trading was crazy with prices changing several times a day

Art Troitsky  ’93music guru

1993年のモスクワ、どこもかしこも完全にめちゃくちゃだった。殺人、銃撃。どうやって民主主義を取り入れるのか、誰も分からなかった。

Moscow 1993, it was a total mess all around. Killings, shooting, nobody knows how to install democrary

Ruslan Miroshnik producer ’93 tech director

憂うつ

Stranger In Moscowが作り出すのは、どんよりまとわりつくグレーな世界。

Scream, They Don’t Care About Us, Earth Songなど、同時期の曲で表現された張り裂けるような怒り、絶望、狂気とは一線を画しています。

歌詞の中では、クレムリンの影に見下され、スターリンの墓に拘束され、KGBに追われている。

暗い場所に響きわたるような歌声とサウンドが、不安げで不気味な雰囲気を演出します。

大歓迎を受けながらも、異邦人であり、敵国から来たという疎外感はぬぐえません。

なぜ「西」からきた?白状しろ!
人民の偉大な功績、労働者たちの成果を盗むためか…

“Why have you come from the West?
Confess! To steal the great achievements of the people,
the accomplishments of the workers…”

Stranger In Moscowの歌詞(英訳)

歌詞に登場する「マイケルを狙い、つきまとうロシアの組織」は、アメリカの警察、検察、メディアのメタファーかもしれません。

実際にマイケルを追い回していたのは彼らなのですから。

いつ、どこにいても誰かに狙われる、マイケルが感じてきた不安が見え隠れしています。

嘆き

曲の後半、抑圧されていた感情がついに爆発します。

Like a stranger in Moscow
I’m livin’ lonely

モスクワに来たよそ者みたいに
僕は孤独に生きている

Stranger In Moscowの歌詞

悲しい。孤独だ。辛い。

前半のソフトで繊細な歌声から、後半の荒々しいシャウトの転換がドラマチックです。

感情が視覚化されたミュージックビデオ

Stranger In Moscowのミュージックビデオでは、楽曲で表現されたマイケルの感情が視覚化されます。

モノクロ映像よそよそしい町の風景が、悲しげで憂うつな雰囲気を演出。

マイケルや、登場人物たちの周りはスローモーションで、彼らの孤独を強調します。

誰にも気づかれずに街をふらつくマイケルの様子は、どこか幽霊のよう。

後半、降り出した雨を求め、一身に浴びる登場人物たち。

雨によって彼らの苦悩が洗い流され、一時的に解放されるのでしょうか。

Stranger In Moscowのミュージックビデオでは「Bullet Time(バレットタイム)」効果という特殊なスローモーション技術が用いられています。
この技術によって、1つの空間に異なる時間軸が存在するように見え、

  • 鳩や蜂の飛翔
  • カップからこぼれるコーヒー
  • ボールが当たって飛散するガラス
  • 顔に当たって広がる雨のしずく

といった日常的な光景が、思わず見惚れてしまう幻想的な画に映ります。

Stranger In Moscowの独創性3つ

単なる「悲しげで美しいバラード」だけで終わらない、強い個性もStranger In Moscowの魅力です。

Stranger In Moscowの独創性
  • モスクワという特定の舞台
  • ビートボックス
  • 「中立な自然(雨)」と「パーソナルな胸の内」の融合

モスクワという特定の舞台

Stranger In Moscowを聞くと、マイケルがいた場所、時間、気温、明るさ、湿度まで伝わります。

このように特定の場所を舞台にしたマイケルの曲は珍しいです。

他に地名がタイトルに入っている曲として「Liberian Girl(リベリアの少女)」があります。

Liberian Girlと比較すると、Stranger In Moscowはさらに具体的な情景が描かれます。

しかも歌詞の中に「クレムリン」「スターリン」「KGB」といった、キワドイ固有名詞が組み込まれ、内容もかなり不穏。

センシティブすぎないか?という考えから一転、「もし自分がロシア人だったらどう思うか」と想像すると、新たな発見がありました。

Stranger In Moscowは悲しげな歌だけど、ロシアのファンにはこれ以上ない大サービスなのでは?

もしマイケルが東京を舞台にした曲を作って、歌詞に「ニンジャ」「スシ」「カワイイ」など日本にまつわる言葉が入っていたら、どんなテイストの曲でも嬉しいですよね?

マイケルがロシアでコンサートをしたのは生涯でたった2回。ジャクソン5時代から頻繁に訪れてくれた隣国、日本と比較するとあまりに少ない。

そもそも、Stranger In Moscowという曲自体、熱狂的なロシアのファンなしに誕生しなかった。

マイケルにとって、ロシアのファンとの絆を形にした作品かもしれません。

ファンもまた、マイケルへの変わらない愛を送り続けています。

ロシアでは毎年6月25日(マイケルの亡くなった日)と8月29日(誕生日)にモスクワのアメリカ大使館の近くに集合し、マイケルの生涯を讃えるイベントが開催されています。

2024年マイケルの誕生日、モスクワで開催されたファンイベントで”Man In The Mirror”を合唱する様子

ビートボックス

mic studio

マイケルのビートボックス(楽器の音を声で真似て表現するパフォーマンス)は、Stranger In Moscowのおぼろげで余韻のあるサウンドに重さ、立体感、硬さを加えています。

曲の冒頭で雨の音が流れ、止まり、マイケルのビートボックスから生成されたパーカッションが飛び込んできます。

リスナーは強烈なインパクトを感じるでしょう。

ブラッド・バクサーは、このドラムトラック(パーカッション)の制作過程をインタビューで詳細に語りました。

デンジャラスツアー終了後、マイケルとバクサーはネバーランドで11秒間のビートボックスを収録。
バクサーは録音されたビートボックスをエミュレータという機械で編集し、ドラムマシーンの演奏とミックスして完成させました。

エミュレータで切り刻んで、一つ一つの音をできるだけ短くして、尖らせた。
「傷つける」ために。マイケルは「傷つくサウンドをくれ」っていつも言ってたよね?
耳を傷つけるような。つまり残響がない、顔に当たってすぐ乾く、短い、叩くような。
だから私はそうした。やり方を知っていたから。私がドラムトラックを作ったんだ。
だけどこれはマイケルのアイデアだ。我々は最高のドラムトラックを作った。
シンプルで、素敵で、ドラムマシーンからは生まれない、有機的なものだ。

chop it up in the emulator and then make each consonant each syllable as short as possible and spike out the spike it out you know make it hurt,
Michael used to say you know “give me sounds that hurt” right?
hurt, you know like that hurt the ear, meaning no reverb, drying in your face, short, percussive and so I did that because I knew how to do that with him and I made the drum track. But it’s his idea but we have a killer drum track for it now and it’s nice and simple and it’s it didn’t come out of a drum machine you know it’s organic

7 Songs, 7 Stories: Brad Buxer – In The Studio With MJ

このドラムトラックからマイケルらしいグルーブが生まれ、バラード曲でありながらダンサブルなサウンドになりました。

マイケルのビートボックスのとても素晴らしいところ、それは、彼がドラムのアイデアを思いつくやり方で、彼のダンスと完璧に同調しているところだ。
彼から生まれる最も透明で、直感的なアイデアだ。彼のダンスが、本人の口から出てきているようなものだ。

 The thing that’s so great about his beatboxing is that it’s a it’s a way for him to come up with a drum idea that is completely synchronized to the way he would dance so It’s the most transparent intuitive idea coming from him. It’s almost like the way he dances is coming out of his mouth

7 Songs, 7 Stories: Brad Buxer – In The Studio With MJ

ヒストリーワールドツアーで、マイケルはStranger In Moscowのパーカッションに合わせたロボットダンスを披露します。

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このパフォーマンスでは「美しく繊細なバラード曲」のイメージから一転、新しい解釈を楽しめます。

「中立な自然」と「パーソナルな胸の内」の融合

Stranger In Moscowは全体を通して「雨」「水」を感じるサウンドデザイン。

冒頭の雨音、マイケルの「ゆらぎ」や「透明感」をたたえた歌声、穏やかな響きのインストが雰囲気を作り出しています。

この雨は、

  • 人生最大の危機
  • 深い孤独
  • 恐ろしさをはらんだモスクワの街

といった暗く重いテーマに、透明感と軽さを与えて絶妙なバランスを生み出します。

雨は、人生のどん底にいるマイケルの敵も味方もせず、ただ降り続けました。

マイケル1人の精神世界と、広大で中立な自然のコントラストが非常に味わい深いです。

また、雨の持つ「二面性」により、Stranger In Moscowの奥行きが増します。

寒さが増すモスクワで降りしきる雨は、マイケルの憂鬱を深めました。

公演日も雨天のためステージの濡れがひどく、普段着の一般人がマイケルの周りで床を拭くという不思議な光景が見られました。どう考えても悪影響です。

一方で「恵みの雨」という言葉通り、雨は私たちの生命に欠かせない存在。

ミュージックビデオでは人々の苦悩を洗い流し、開放するような描写がありました。

まとめ

この記事では、マイケルの名作バラード「Stranger In Moscow」の制作過程や、作品の世界観について深掘りしました。

  • 当時のマイケルの行動を1日単位で調べる
  • マイケルの心情を細かく想像する
  • 当時の世界情勢を知る
  • ブラッド・バクサーの詳細なインタビューを参照する
  • マイケルとファンの絆を確認する

このように多面的に作品を見つめることで、Stranger In Moscowの新たな魅力が発見できたと考えます。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

参考資料

  1. Joseph Vogel : Man In The Music(Kindle Ver)
  2. Allard, François; Lecocq, Richard. Michael Jackson: All the Songs: The Story Behind Every Track (English Edition) (pp. 460-463)
  3. エイドリアン・グラント (著), 吉岡正晴 (翻訳):マイケルジャクソン全記録1958-2009
  4. 関 眞興 (著): 一冊でわかるロシア史 (世界と日本がわかる国ぐにの歴史)
  5. The Truth Behind “Stranger in Moscow” by Michael Jackson(Youtube動画)
  6. Brad Buxer talks about his music for Sonic 3(Youtube動画)
  7. 7 Songs, 7 Stories: Brad Buxer – In The Studio With MJ(Youtube動画)
  8. Stranger in Moscow uses only major chords!(Youtube動画)
  9. Michael Jackson The Moscow Case Documentary HD(Youtube動画)

中学生の時からマイケル関連記事を書き続けている、ファン歴22年のアラフォー。
NHK BS2のテレビ番組「BS熱中夜話 マイケル・ジャクソンナイト」にファンの1人として出演した経歴あり。
初心者も楽しめる記事を書いていきます。

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