こんにちは。あおありです。
この記事では2009年12月にFBIから公開された、333ページにわたるマイケル・ジャクソン関連資料の概要をお伝えします。
特記すべきは、マイケルが子供に性的虐待をした証拠は見つからなかったことです。
参考記事 マイケルジャクソンの少年性的虐待疑惑は本当? 簡単に分かりやすく解説!
2026年1月現在、この資料はFBIの公式サイトから誰でも閲覧できます。今後、何かの理由で非公開になる可能性もあるので知りたい人はお早めにチェックしてください。
資料だけを見てもすぐに読解するのは難しく、英語の要約記事もやや分かりにくいです。日本人でも理解できるよう、できるだけくわしく分かりやすく解説しました。
FBIとはアメリカ合衆国直属の警察・捜査機関。主にテロ・スパイ、犯罪、政治汚職などに関する捜査を担当し、国の安全と治安を守る役割を担っています。

なんかすごい人が集結しているカッコイイ組織ってイメージ
マイケル・ジャクソン関連資料は、マイケルが亡くなった約6ヶ月後に情報公開法(Freedom of Information Act)に基づく請求を受けて公開されました。
参考記事 マイケル・ジャクソンに関する捜査ファイル、FBIが公開(AFPBB News)
FBIが主体となって捜査を行なった記録はありません。ロサンゼルス警察などから依頼を受けて、マイケル・ジャクソン関連の捜査支援や技術協力をした記録が閲覧できます。
公開された7つのファイル、333ページ全てに目を通した結果、資料の概要は以下の4つに分かれていました。
なお、実際の資料は以下のようなページが多くとても見づらいです。
- 変な手紙、読みづらい筆跡、汚れて不鮮明な書類
- プライバシーを守るため多くの情報が白く塗りつぶされている
- 長々として要領を得ない文書
- 新聞記事を貼り付けただけのページ
全てのページを読み込むことは難しいため、FBI公式の記事、Wikipedia、CNNの記事を参考に概要を把握しました。
メディアの注目を一斉に浴びたこの資料。
全体を見渡して分かった実態は以下の4つです。
では、FBIが公開したマイケル・ジャクソン関連の調査資料を、4つのセクションに分けて掘り下げます。
マイケルとブッシュ大統領の殺害予告を送った人物の調査

公開資料で最もページ数が多いファイル(Part06,全199ページ)には、マイケル・ジャクソンとジョージ・H・W・ブッシュ元大統領への殺害予告手紙に関する調査が記録されています。
この件で中心人物となったのが Frank Paul Jones。彼はマイケルの妹、ジャネット・ジャクソンのファンで、自らをギャング組織のボス「ジョン・ゴッティ」の息子と詐称していました。
ファイルPart06の140ページに「I’m Jon Gotti’s Son」と手書きのメモが見られます。
1992年、Jonesは知人、マスコミ、ジャクソン関係者など様々な人物宛にジョージ・H・W・ブッシュ大統領への殺害予告などが記された手紙を郵送。
「誰も俺のことを真剣に受け止めないし、精神状態も限界だ。ワシントンDCに行って合衆国大統領ジョージ・ブッシュを殺すと脅迫するつもりだ」
I decided that because nobody is taking me serious, and I can’t handle my state of mind, that I am going to Washington D.C. to threaten to kill the President of the United States George Bush.
公式資料Part06, 17ページ 直筆手紙より
こうした手紙や文面は、資料 Part06の17ページ以降で確認できます。
また、特定の女性に強く執着し、恋愛関係を妄想している手紙も多くあります。女性の名前が隠されているので断定できませんが、この妄想対象がジャネット・ジャクソンかもしれません。
マイケル・ジャクソンと彼のコンサート観客に対する脅迫、マイケルに対して金銭を要求する手紙もあります。
私の関心ごとは、マイケルの財産の半分は私のものだということ、その証拠に、彼(マイケル)が支払わなければ、私は彼を追いかけるだろう
公式資料Part06, 73ページ
My interest is that half of Michael’s estate is mines, my proof is if he doesn’t pay up im going after him.
「必要があれば、私はマイケル・ジャクソンのコンサートで大量殺人を行う、マイケル殺害を目的に」…また、彼はマイケルジャクソンとの金銭的不合意に不満を述べ、このように記載している「マイケル、もし私のお金を支払わなければ、個人的に殺害を試みるだろう」
公式資料Part06, 151ページ 1992.may 18
” I’ll commit mass murder at a Michael Jackson concert if necessary, in an attempt to murder Michael ••” Also, he complains about a financial disagreement with Michael Jackson and writes, “Michael I will personally attempt to kill if he doesn’t pay me my money.”
1992年6月22日、Jonesはカリフォルニア州エンシノのジャクソン家敷地内で不法侵入を試み逮捕されます。 精神鑑定の結果「裁判に耐えうる状態にない」と判定され、連邦刑務所へ収監されました。

実際に公開された手紙を読むと、文字は読みやすいにもかかわらず、幼さと執着が混ざった不安定な感情がにじみ出ているように感じます
93年性的虐待疑惑に関する調査

1993年8月、マイケルは知人の少年、ジョーダン・チャンドラーを性的に虐待した容疑で捜査されました。この事件に関する複数の調査が公式データのPart03とPart01に記録されています。
Part01はPart03の一部です。「マイケルと過去に性的な電話をした」と訴えたイギリスの男性に関する新聞記事の切り抜きなどが記録されています。
一連の調査で「マイケルが子供たちに不適切な行いをした」ことを立証する有力な証拠はありませんでした。
LA警察からMann法違反について調査依頼
1993年9月、ロサンゼルス警察はFBIに対し「マイケルが未成年(原告のジョーダン・チャンドラー)を非道徳的な目的で州をまたいで移動させた件でMann法に違反している可能性」について調査を依頼。しかし「興味はない」とあっさり却下されました。
Mann法と人種差別
1910年に成立したMann法は、「不道徳な目的で人を州をまたいで移動させることを禁止する」法律です。
表向きの目的は「性的搾取や強制売春を防ぐ」こと。
当時のアメリカでは移民の増加、都市化、女性の社会進出にともない「白人少女が性的目的で州境を越えて移動させられている」という噂や懸念が強まっていたことが成立の背景です。
しかし曖昧な文言から、同意のある性交渉までも「不道徳な目的」と解釈され、幅広いケースに適用されました。Mann法が不適切に利用された有名なケースとして、プロボクサーのジャック・ジョンソン事件が挙げられます。
ジョンソンはアフリカ系アメリカ人として初めて世界チャンピオンになり、白人社会から大きな反発を受けていました。
1912年、彼が白人の恋人(Lucille Cameron)と州を越えて移動したことを理由にMann法違反で起訴され、全員白人の陪審員による有罪判決が下されました。
ジョンソンの事件は長年にわたって「人種差別的な適用例」として批判を受けます。彼の死から72年経った2018年5月24日、ドナルド・トランプ大統領によって「不当な判決であった」として事後恩赦(ポストヒューマス・パードン)が与えられました。
参考 シルベスター・スタローン、黒人初のボクシング・ヘビー級王者を描く映画製作へ ─ トランプ米大統領による恩赦に貢献も / The ‘White Slavery’ Law That Brought Down Jack Johnson is Still in Effect
ロサンゼルス警察はFBIの捜査員に、マイケルのMann法違反の可能性を審議する会議の日程を伝え、出席を促しました。その翌日、本部から「興味はない」と間接的に辞退されます。
1993年9月7日、ロサンゼルス警察、性的搾取児童課の○○は、特別捜査員の○○に、「ジャクソンが非道徳的な目的で、州境を超えて未成年を移動させることに関与し、連邦法(Mann法)に違反した疑い」を調査することに興味があるか、電話で問い合わせた。
On September 7, 1993, “”(Name Redacted)Los Angeles Police Department, Sexually Exploited Child Unit telephonically contacted SA “”(Name Redacted) inquiring if the FBI would be interested in working a possible federal violation against Jackson concerning the transportation of a minor across state lines for immoral purposes, (MANN ACT).
(中略)1993年9月8日、連邦検事補のDonahueは本部に確認後、「連邦検事は”マイケルジャクソンをMann法違反で逮捕することに対して興味はない”と決定した」と報告した
(…)On September 8, 1993, AUSA Donahue advised that she checked with her front office and they had made the decision that the United States Attorney was not interested in prosecuting Michael Jackson for a violation of the Mann Act.
公式資料Part03, 20ページ
自称「証人」を訪ねて世界旅行

1993年にマイケル・ジャクソンの性的虐待疑惑が報道されたあと、世界中のメディアで「マイケルの虐待現場を見た」「性的被害を受けた」と主張する人物が現れました。
FBIは「証人候補」を訪ねて複数人に聞き取り調査をしましたが、有力な証拠はありませんでした。
フィリピンの元従業員
1993年9月、ロサンゼルス警察はFBIの協力を得て、フィリピン・マニラ市でジャクソン宅(ネバーランド)の元従業員夫妻に対する聞き取りを施行。
彼らの名前はMariano Quinboy、Fye Quinboyで、1988年から90年までネバーランドで働いていたとのこと。
しかし、給与の未払いに対する不満を訴えていたものの、性的虐待の証拠は見つかりませんでした。
資料Part03の22ページから36ページまで、関連する新聞記事の切り抜きや、渡航記録などの資料が続きますが、結局何の情報が得られたのか不明です。
「マイケルと電話した」ロンドン在住の青年

1993年8月、イギリスのDJ “Terance George”は「1979年(当時マイケルは20歳、George13歳)にマイケルと性的な電話をした」と大衆紙に告発。
しかし録音などの証拠はなく起訴もされていないため、FBIのロンドン拠点は「追加の行動を取らない」と判断し、調査終了を宣言しました。
レガット・ロンドン(FBIのロンドン拠点)はこの件に関して追加の処置は取らない
公式資料Part01, 1ページ
Legat London is taking no further action in this matter.
カナダのソーシャルワーカー
1993年8月、カナダ・オタワ市在住のソーシャルワーカー女性が「マイケルの怪しい現場に居合わせた」と証言。FBIの聞き取り調査を受けますが、有力な手がかりはありませんでした。
公式資料Part03の53,54ページで聞き取り調査のメモが見られます。
その女性は、FBI調査員の電話調査でこのように供述した。シカゴ、イリノイからカリフォルニアまでの大陸横断鉄道旅行の間、全4両のうち1両をマイケルと「成人スタッフ」「マイケルのいとこ」とされる少年が貸し切っていた隣の区間で彼女は寝ていた…調査員はこのように記載した。
(中略)その女性はその夜、「疑わしい物音」を壁越しに聞いたと調査員に述べたとメモに書かれている。The woman told an FBI agent in a phone interview that during a cross-country train trip from Chicago, Illinois, to California she slept in a compartment adjoining one of four occupied by Jackson, “adult staff” and a boy who “was ID’d as Michael’s ‘cousin,'” the agent wrote.(…)The woman told the agent that at night she “heard questionable noises through wall,” the notes said.
FBI files on Michael Jackson published online ,CNN
「有力な手がかりはなし」と、調査は1994年8月8日に終了しました。
この件に関して有力な手がかりはロサンゼルス署に残されていない。このファイルは終了状態とする。
公式資料Part03, 56ページ
No outstanding leads remain for the Los Angeles Office in this matter.This file will be placed in a closed status.

「州をまたいだ移動」に関する供述で、Mann法絡みにする意図が感じられます
メキシコの青年2人に関する情報提供
1993年12月27日、匿名人物からロサンゼルス警察に「マイケルが2人のメキシコ人少年を性的に虐待した件で、1985年か86年にFBIが捜査をしたことを本に書いた人物がいる」という情報提供がありました。
彼によると「FBIは(当時)この申し立てを調査したが、1984年にマイケルがホワイトハウスで大統領から表彰される予定だったので、政府が隠蔽の補助をした」とのこと。

時系列がめちゃくちゃです
1984年にマイケルがレーガン大統領から表彰された件の詳細は、以下の記事を参照ください。
FBIが過去の記録などを確認した結果、そのような情報はありませんでした。
筆者は、上記の調査に関する参考資料を手動および自動の両方の索引で検索したが、参考資料は見つからなかった。
Writer searched indices, both manual and automated for any reference to above mentioned investigation. No references were found.
公式資料Part03, 52ページ
マイケル宅にあったとされるビデオテープ調査

公式データPart04は、1995年にフロリダの米国税関が入手したビデオテープに関する調査記録です。「子供のポルノ映像があるか」鑑別目的でFBIに提出されました。
「Michael Jackson’s Neverland Favorites An All Boy Anthology」とラベルに書かれたビデオテープの調査結果は、「何度もダビングされており、低品質」というコメントのみ。
そもそもマイケル本人に関係があるビデオなのかも不明で、子供のポルノ映像は認めませんでした。調査は1997年1月24日に終了しています。
Q1(調査対象のビデオテープ)の物理的および電子的な検査の結果、品質の低い第3世代または第4世代の録画であることが判明した。
A physical and electronic examination of Q1 revealed that it is a poor quality third or fourth generation recording.○○(氏名非公開)がビデオの信憑性検査を施行した。Q1は1996年11月25日にフェデラル・エクスプレスで関税局に返送された。
公式データ04, 1ページ
“”(Name Redacted)conducted the video authenticity examination. Q1 was returned to your office on November 25, 1996, via Federal Express.
2003年から2005年の逮捕・裁判関連
Embed from Getty Images2003年、マイケルは再び少年の性的虐待容疑をかけられ、起訴されます。
2004年1月から2005年6月まで続いた裁判の結果、マイケルが問われた10件の容疑全てに対して無罪判決が下されました。
FBIの公開した資料には、この裁判に関係する3つのファイルが含まれます。
- マイケルの自宅から押収されたパソコンなどの調査
- マイケルの公判現場周辺に危険な人物が現れないかの調査
- 1993年の性的虐待疑惑の原告少年との接触
マイケルの無実を裏付けるコンピューター解析:証拠なし

公式資料Part02は、マイケルの無実を支持する重要なデータです。
ロサンゼルス警察から依頼を受けたFBI調査員が、2003年にマイケルの自宅から押収された16個のコンピューター(ハードディスク)、4つのDVDを解析しました。
犯罪に関与する手がかりは一切認めず、違法のコンテンツにアクセスしたり、検索した形跡も見つかりませんでした。
9ページから23ページまで、「NOTHING」「NOTHING Notable」などと書かれた手書きの用紙が延々と続きます。
筆者は表題の調査を終了することを要求する。有力な手がかり・証拠となる事項は無かった。
The writer request that the captioned investigation be closed. There are no outstanding leads or evidence items.
公式データPart02, 39ページ
裁判所周辺でテロリスト探し
Embed from Getty Images公式資料Part05は、裁判に集まった人々に関する調査資料です。
マイケルの裁判は世界中の注目を浴び、日によっては1000人を超える不特定多数の人々が連日集まったため、地元の地方検事は「テロのターゲットになるおそれがある」と考えました。彼らは裁判の会場に集まった人物について、FBIの行動分析者に調査を依頼。
報告書には「ネーション・オブ・イスラム(NOI)、新ブラックパンサー党員が一度現れた」と書かれているものの「リスクはほとんどなし」と結論づけられました。
いずれも日本では馴染みが薄いですが、それぞれアフリカ系アメリカ人が主体となった宗教団体、政治団体です。
このイベントにはテロリストの脅威を示唆する工作員はいなかった。以前ジャクソンが裁判所に出廷した時は、ネーション・オブ・イスラムが、警備団体のフルーツ・オブ・イスラムと共に現れたが、今回の出廷では現れないだろうと言われている。
There is no intelligence indicating a threat of a terrorist act targeting this event. The Nation of Islam, represented by its security unit Fruits of Islam, was present durning the prior court appearance by Jackson, but will reportedly not be present for this court appearance.(…)(中略)しかし、ジャクソンの最初の出廷時に、新ブラックパンサー党員の〇〇(名前は隠されている)が群衆の中にいたようで、黒い戦闘服(それ以上の情報なし)を着ていた。
FBI公式資料Part05, 8ページ
(…)However (…) a known New Black Panther Party member, was observed to be present in the crowd durning Jackson’s first court and was attired in black BDUs(NFI).
ニューヨークで過去の証人に接触→拒否

公式資料Part07は、FBIの捜査員が1993年にマイケルを性的虐待被害で告発した人物(名前は隠されているが、おそらくジョーダン・チャンドラー)と接触を試みた記録です。
2004年9月8日にニューヨークで行われた会議で、当時の原告は2人の特別捜査官へ
- ジャクソンに対して不利な証言を一切しない
- 証言させることを目的とする、あらゆる試みに対して法的に争う
という意志を伝え、そのまま調査は終了しました。
その会議で、○○(氏名非公開)は、捜査員にジャクソンに対して不利な証言をすることに関心はないと伝えた。〇〇は、そのような試みがあれば法的に争うと伝えた。○○は、すでに自分の役割を果たしたと信じていた。
公式資料Part07, 4ページ
Durning the meeting “”[Name redacted] advised agents that he had no interest in testifying against Jackson.””[Name redacted] advised that he would legally fight any attempt to do so. [Name redacted] believed he had done his part.”
総括1: ほとんど税金の無駄遣い

ここまで、FBIが2009年に公開したマイケル・ジャクソンに関する調査資料、333ページの概要をお伝えしました。
個人的には、Part06の殺害予告犯・Part05のテロ対策調査以外はFBI本来の役割から外れており、税金と時間と労力の無駄と感じました。
「大統領を殺害する」「マイケルのコンサートで大量殺人をする」と手紙をかいたFrank Paul Jonesの調査は、一歩間違えたら世界中がパニックになる重大な案件です。
世界中から1000人規模が詰めかけたマイケル・ジャクソンの公判で「テロが起きるかもしれない」と予測するのは真っ当でしょう。
しかし、マイケルの性的虐待疑惑に関し、不確定な情報に振り回されて世界中を捜査することは不適切と考えます。
マイケルにかけられた容疑は、当事者以外には関係ない話。小児の性的虐待は重大な犯罪だからといって、捜査のために国の特別捜査員が多くの時間と労力を費やす必要性はあるでしょうか?
アメリカでは国内外で重大な犯罪、テロ、戦争などの脅威が常に問題になっています。緊張した状況下で、国の大事な資源がマイケル捜査のために大量に費やされた…マイケルに無関心な国民は「いい加減にしてくれ」と思ったことでしょう。

マイケルの性的虐待疑惑が話題になった1993年8月以降、マイケルの「元知人」「関係者」を名乗る人々が次々と暴露話を始めました。のちに、メディア側が多方面に金銭を払ってマイケルの話をさせたことが判明します。
そのポップスターの元従業員のなかには、巨額な金銭 (時には何十万ドル)を受け取ってタブロイド紙に話を売り始めた者もいた。例えば、1990年から91年まで10ヶ月間ネバーランドで働いていたフィリップとステラ・ルマルクは、ジャクソンが子役のマコーレ・カルキンのパンツに手を触れたのを目撃したと主張した。当局へ情報を提供するのでなく、彼らはこの話をNational Enquirer(アメリカのタブロイド紙)へ50万ドルの報酬目当てに持ち込んだ。カルキン自身は1993年に捜査員の聞き取りで、これまで不適切なことは何も起きなかったと断言した。
several former employees of the pop star began selling stories to tabloids for enormous sums of money, some in the six-figure range. For example, Phillip and Stella LeMarque, who worked at Neverland Ranch for ten months from 1990 to 1991, claimed they caught Jackson with his hands down child actor Macaulay Culkin’s shorts. Rather than take their story to authorities, they went to the National Enquirer, seeking a $500,000 payout. Interviewed by investigators in 1993, Culkin himself asserted that nothing inappropriate ever happened.
Vogel, Joseph. Man in the Music: The Creative Life and Work of Michael Jackson (English Edition) (pp. 275-276). (Function). Kindle Edition.
俳優アルフォンソ・リベイロによると、1993年に彼と彼の父は、タブロイド紙から10万ドルの報酬を受け取ってマイケル・ジャクソンに関して何か性的な内容を話すよう持ちかけられたが、断ったと話した。ジョセフ・ジャクソン(マイケルの父)のいとこロン・ニュートは、National Enquirer(アメリカのタブロイド紙)から20万ドルの報酬で「ジャクソンがロンの子供に不適切に触った」と話すようもちかけられたが、断った。ジョン・レノンとオノ・ヨーコの息子、ショーン・レノンも、メディアから接触されたが、彼との間に不適切なことは何も起こらなかったと一貫して主張した。
Vogel, Joseph. Man in the Music: The Creative Life and Work of Michael Jackson (English Edition) (p. 276). (Function). Kindle Edition.
In 1993, actor Alfonso Ribeiro said he and his father were offered $100,000 by a tabloid to say anything sexually suggestive about Michael Jackson, an offer they declined. Ron Newt, a cousin of Joseph Jackson, claims the National Enquirer offered him $200,000 to say Jackson touched his kids inappropriately, which he rejected. Sean Lennon, son of John Lennon and Yoko Ono, was also contacted by the media but consistently asserted that nothing inappropriate happened with him.
FBIは1993年の告発に関する捜査でフィリピン、イギリス、カナダの人物と接触しました。証拠もない様々な噂が同時多発的に報道される状況下で、彼らの話をいちいち調査して記録し、フィリピンまで渡航するのは馬鹿らしいと感じます。
Embed from Getty Images2003年11月、マイケルはレイミー令状(Ramey warrant)を適応され、正式に起訴される前に大急ぎで逮捕されました。しかし、大掛かりな捜査ではなんの証拠も発見されず、いざ裁判が始まると原告側の証言は支離滅裂。マイケルに不利な証言をする立場である検察側の証人までマイケルを褒めるなど、カオスな展開に。
参考資料 マイケル・ジャクソン裁判 あなたは彼を裁けますか?
「世紀の裁判」と注目された裁判は壮大な茶番で、一連のイベントのために長期間、大量の税金が投下され、マイケルは身も心もボロボロになりました。
Embed from Getty Imagesマイケルが問われた10項目の罪状全てに無罪判決が下されたのは2005年6月。それからわずか4年後に、マイケルは50歳の若さで突然この世を去ります。
この裁判がマイケルの精神と身体を深く傷つけたのは間違いありません。
統括2: 無実を支持する&マイケルが苦しめられた記録
とくに新しい情報はなく、楽しい内容でもないこの資料。マイケルファンにとっての意義は、以下の2つです。
メディアが活発に報道した根拠のない噂はすぐに消え、忘れ去られていきます。
しかしこのような報道がマイケルのイメージダウンにつながり、長い年月が経った現在も人々の意識に影響を残している事実は重いです。
マイケル関連FBI資料:まとめ

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
この記事が何かのお役に立てたら幸いです。




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