Billie Jeanの解説

Billie Jeanは、マイケルジャクソンがスーパースターとなる運命を決定づけた曲です。1982年12月にリリースされた”Thriller”に収録され、1983年1月にシングルカットされました。

すぐに大ヒットしますが、同年5月に放送された”Motown 25”という番組で圧倒的なパフォーマンスを世に送り出した日から、更に人気が広まりました。

何度聞いてもクールなリズム、謎めいた歌詞、かっこ良い衣装とダンス、ムーンウォーク ー 盛りだくさんの1曲はどのように生まれ育ったのかを解説していきます。

曲作り

マイケルは元々、「低音ベースがかっこいい曲が作りたい」(I wanna write a song with a great bass hook)と思っていました。そのベースを思いついたのは、レコーディングの休憩中、運転手のNelson Hayes(以下ネルソン)とカリフォルニア州の高速道路を走っていた時です。マイケルの頭はBillie Jeanのリズムでいっぱいになっていました。

実はこの時、彼のロールスロイスが燃えていましたが、二人とも全く気づいていませんでした。(走っている間に車が燃えることってあるんでしょうか。)高速道路を降りた時、バイクに乗っていた子供に「車が燃えてるよ」と指摘されて初めて気づいたそうです。命の恩人ですね。

作曲の段階からヒットを確信していて、すっかり夢中でした。

“I knew it was going to be big while I was writing it.I was really absorbed in that song.”

Moonwalk

レコーディングのエピソードも興味深いです。なぜか6フィート(約1.8m)の細い管を通じて、たったの1テイクでレコーディングされています。そのあと、プロデューサーのBruce Swedienによって91回もミックスされたそうです。

謎めいた歌詞の真意

Billie Jean is not my lover  

(Billie Jeanは僕の恋人じゃない)

She is just a girl who claims that I am the one

(そう主張しているだけのただの女の子なんだ)

But the kid is not my son

(でもその子は僕の息子じゃないんだ)

初めて歌詞を読むと、なんのことだか分からないですね。

Billie Jeanの特定のモデルはいませんが、危険なストーカーと化した一部の女性ファンたち(マイケルの兄のファンを含む)の行動が歌詞の元になっています。

全く根拠がないのに、複数の女性から「あなたの子供を妊娠した」とか「わたしはマイケルの妻よ!」と言われたり、脅迫したりされていたそうです。

メンヘラなファンたち、怖いです。でも彼女たちのおかげでこの曲が誕生したと思うと、ちょっと感謝したくなるような…

アイコニックな衣装の秘密

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Billie Jeanのステージ衣装はマイケルを象徴するアイコニックなスタイルになりました。
このスタイルはどのようにして生まれたのでしょうか。

気分はスパイの黒いハット

Billie Jeanのステージ衣装に欠かせない「帽子」は、ミュージックビデオには登場しません。 Motown25のパフォーマンスに向けて、運転手のネルソンに「スパイの帽子を用意して!」と指示し、使ったのが始まりです。

"Please order me a spy’s hat"

Motown25のステージでも、ネルソンに帽子を託し、「帽子をステージの目印の位置に置く」ことを頼みました。ネルソンはマイケルにとって、Billie Jeanのキーマンだったのでしょう。マイケルはこのように、大事な場面で一種の願掛けのような行動にこだわることがありました。

当時はダサかった白い靴下

白い靴下は1950年代ではカッコ良かったものの、60年代からは「堅すぎる」と考える人が多かったそうです。

It was too square to even consider – for most people

それでもマイケルはずっと白い靴下を履き続けていたので、兄のジャーメインに馬鹿にされていました。Billie Jeanのパフォーマンスが評価されると同時に、白い靴下が再びかっこいいと思われるようになりました。

But I still wore my white socks, and now it’s cool again.

短い丈の黒パンツに白い靴下を履くことで、彼の華麗なフットワークが際立つというのが彼の狙いです。

やっと気づいたの?片手グローブ

マイケルは以前から「片手だけ手袋をする」ポリシーがありました。両手に手袋をするのはありきたりで、片手だけ手袋を履くことで個性を出せると思ったようです。

Wearing two gloves seemed so ordinary, but a single glove was different and was definitely a look.

この手袋は、Billie Jeanのステージパフォーマンスを初めてテレビで披露してから多くの人に注目されたので「やっとみんな気づいたか。」とマイケルは言ったそうです。

I’ve been wearing this glove for years, and now they finally notice it?

このとき使用した手袋には、1619個ものラインストーンが縫い込まれています。

ラッキーアイテム「ママのジャケット」

キラキラスパンコールのジャケットは、もともと彼の母であるキャサリンの私物でした。

いつか、とっておきの時に使うとマイケルは心に決めていました。

テレビでパフォーマンスをすることが決まってからお母さんのクローゼットをひっかきまわして見つけ、持ち去っていったそうです。

伝説の舞台“Motown 25″の裏側

Billie Jeanのミュージックビデオは道のタイルが光ったりしてとてもかっこいいですが、ステージパフォーマンスの方がダンスを楽しめて見応えがあります。

TPO完全無視の選曲

初めてテレビでパフォーマンスをしたのは、1983年3月25日 “Motown 25: Yesterday, Today, and Forever"という特別番組でした。

この場でBillie Jeanを歌うというのは、かなり非常識で異例の事態です。この番組は彼が兄弟グループ"The Jackson 5"として過去に所属していたレコード会社「モータウン」の25周年をお祝いする番組です。そのような場で違うレコード会社から出した曲を歌うとは、どういうことでしょうか。

マイケルは始め出演を断ったものの、モータウンの創立者であり恩人のベリーゴーディーから再度お願いされました。その時「Billie Jeanを歌えるなら出演する」と交渉したのです。 モータウンを代表するJackson5のヒット曲メドレーを兄弟と歌った後に、マイケル一人だけが残り「昔の曲もいいけど、僕は新しい曲が好きだな」と喋ってから、Billie Jeanを踊ったのです。 その反響は凄まじく、彼にとってBreakthroughとなりました。放送された日を境にマイケルが「子役あがりのアイドル」から「スーパースター」に変貌したと評価する人も多いです。

このパフォーマンスは、ビリージーンの部分だけ「ヒストリー・オン・フィルム VOLUME II」というDVDに収録されています。

Amazon商品ページのリンク:ヒストリー・オン・フィルム VOLUME II

ピンチ!?前日なのにアイデアが浮かばない

最初から最後までアニメのように作り込まれたダンスに見えますが、実は収録の前日まで何をするか決められずにいました。
途方にくれたマイケルは、家のキッチンで曲を流し、自我を捨て、曲が語るまま、ダンスが踊るままに動いてみることでようやくやるべきことを悟りました。

“I kind of let the dance create itself.”

落ち込むマイケルが自信を取り戻した訳

伝説のショーの直後、なんとマイケルは落ちこんでいました。間奏の見せ場、ムーンウォーク→スピン→爪先立ちの所で、上手く止まれなかったからです。
言われてみれば少しバランスを崩したのかな?という程度で、ズっこけたわけでもないし気にしなくてもいいのでは…と思うでしょう。でも、彼にとっては非常に重要なポイントでした。彼にとって「止まること」は「動くこと」と同等に大切です。
そんなマイケルを元気付けたのは舞台裏にやってきた小さな男の子でした。その子はマイケルを見るなり固まって、キラキラした目で「誰にダンスを教わったの?」と聞きました。そのリアクションをみて、マイケルはやっと自分が良い仕事をしたと思えました。それまでは、いくら大人の知人に褒められても信じられなかったのです。
その翌日、さらにとんでもないことが起きます。マイケルのアイドルであり、当時高齢になっていた伝説のダンサー「フレッドアステア」がマイケルに電話をして、褒めちぎったのです。これはマイケルにとってどんな賞よりも誇らしい出来事でした。
フレッドはマイケルを「怒るダンサー」であり「自分と同じ」と言いました。私はマイケルやフレッドのダンスを見て「怒っている」とはかんじられないのですが、頂点を極めた者同士にしかわからない感性なのかもしれません。

”You’re a hell of a mover. Man, you really put them on their asses last night.”
“You’re an angry dancer. I’m the same way. I used to do the same thing with my cane.”

「すごい動きだね。昨夜はみんなを釘付けにしてたよ」

「君は”怒るダンサー”だ。私も同じだ。私もステッキを片手に同じことをしていたんだよ」

MOONWALK(マイケルの自伝)より フレッドアステアがマイケルに言った言葉

ムーンウォークの原型

マイケルを象徴するステップ「ムーンウォーク」は、もとも黒人の若者たちがストリートで踊っていた”Backslide”を進化させたものでした。

1982年にJeffrey Daniel, Casper Canidate and Cooley Jaxsonの三人が「ソウルトレイン」という人気番組で、マイケルの曲”Workin’ Day And Night”のリズムに乗せてこのステップを披露しました。マイケルはこれを見ていて、彼らの連絡先を突き止め、教えてもらったのです。

マイケル”Backslide”を一人で猛練習し、よりステージ映えする形に進化させて、1年以上ベストタイミングを待って世に出しました。

この三人のうち、Jeffery Danielは”Bad””Smooth Criminal”の振付師兼ダンサーとして、Cooley JaxonはSmooth Criminalミュージックビデオのダンサーとしてマイケルと一緒に仕事をしています。

Cooleyは自分のyoutubeチャンネルでムーンウォークを解説したりしています。

進化するステージパフォーマンス

Billie Jeanがこの世に出てから20年以上もの間、マイケルを代表する曲となり、何度も演じられ、進化していきました。

先程紹介したDVD「ヒストリー・オン・フィルム VOLUME II」では、初めて披露したステージと、1995年にMTVの収録で披露したBillie Jeanが見られ、違いを楽しめます。他にも、ビリージーンのライブパフォーマンスを見られる公式DVD(ブルーレイ)がいくつかあります。

ライヴ イン ブカレスト

赤い蝶ネクタイが可愛いミュージックビデオが楽しめる公式媒体は以下の通りです。

たくさんあるライブ映像の中で、私のお気に入りはHIStory Tourの演出です。曲が始まるまで焦らし放題、煽り放題でたまりません。帽子に向かって指をピロピロして、ニヤニヤしゃべりかける不審な様子もたまりません。残念ながら公式リリースはされていません。

参考文献

  1. Moonwalk(マイケルジャクソンによる自伝)
  2. アナザーストーリーズ 運命の分岐点(NHKが制作したドキュメンタリー)
  3. King Of Style
  4. マイケルジャクソン全記録
  5. Living With Michael Jackson(イギリスで2003年に制作されたドキュメンタリー)
▼この記事を書いた人
あおあり

1990年生まれ。マイケルジャクソンファン歴20年ほど。
もはやマイケルが脳内に住んでいる。
マイケルの言葉を直接理解したいというモチベーションで英語を勉強し、英検1級、TOEIC960取得。
ファンの方も、ファンじゃない方も楽しんでもらえる記事を書きたいです。

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